【社会】田舎の新成人が暴れるワケ


世の中のあらゆるものは、全てコンテンツ化するという持論を私は持っています。

事件のニュースもそうですし、政治家や芸能人のスキャンダルもまた人々が下世話な関心を持って注目するとことです。よくマスコミやネットなどで観察され話題となるDQN、もしくはDQN的行為もそうでしょう。
人そのものがコンテンツになる、という観点から言えば、芸能人はまさにそれですし、身近なところでは、鬼嫁や会社生活においてはポンコツ上司やダメな部下もコンテンツと言えるかもしれません。一時期流行ったセルフ・プロモーションなんて、その際たる例だと言えます。

世間の(善し悪しはともかく)注目を集め、興味を持たれるものについては、すぐに類型化や分類がはじまり、最終的にコンテンツ化します。
特にネット時代になってからは些細な出来事がすぐに拡散され、多くの人々の耳目を集める機会が増えたことにより、街角で起きた小さな出来事が大きな話題になったり燃え上がったりしていますが、あれはまさに人間や事件をコンテンツとして扱っている証左ではないかと思います。

さて、2016年もはじまり、すでに成人の日も過ぎたわけですが、例年にもれず今年も新成人の問題行動が話題となりました。

他にも富山県高岡市で祝辞中に新成人が壇上にあがったり、各地で酒の勢いで喧嘩に及ぶなどいろいろな問題が起きたようですが、この三つは報道の度合いも大きかったので、ニュースで見た人も多いはずです。

上で挙げた三件は、どれもトラディショナルなヤンキー文化の延長上で起きた事件です。水戸の事件では袖に打倒茨城県警と刺繍された特攻服に身を包んだ新成人が、大きな日の丸を持って乱入。ドリフトしたクルマは今時デッパというフロントスポイラーをつけていたそうですし、沖縄の事件は捕まった二台とも屋根を切ってオープンカーにしていたそうです。余計なお世話ですが、剛性が心配になります。

若者特有の自己顕示欲ではないか、と言ってしまえばそれだけなのですが、しかしそれなら、都市部の新成人ように奇抜な格好をして見せびらかすだけでいいのです。なぜ地方の新成人は、警察沙汰やニュースで報道されるまで暴れるのか。その理由を北関東のヤンキー文化を例に、私なりに考察してみます。


赤蟹

スベスベマンジュウガニ並みに猛毒を吐きまくる赤い蟹の人。「てらどらいぶ」の裏ボス。サイト管理とコーディング、デザインなどを担当。文章を短くできないのが悩み。

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