信長の野望・創造withパワーアップキットを那須家やってみる その2


【前回までのあらすじ】

下野東部の小大名、那須政資は、下野国の覇権を長きにわたって争った宇都宮氏を破り、下野国本城のある宇都宮を攻略。時に1536年4月のことである。

 

■下野統一に向けて動き出す。

労力と家臣が増え、ようやく「本番」になった那須家。まずは占領した宇都宮の確認を行うことに。

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…え、なんだこの数値。攻城戦したからなのか!?

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こちらが手塩にかけて育てた烏山城下の模様です。

宇都宮城、本城のわりに、大田原城とどっこいどっこいです。むしろ烏山の都会っぷりがハンパないです。

というわけで、しばらくは宇都宮城への投資。攻城戦で城もボロボロになっていたので、これも修復工事も忘れません。

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労力の向上により、烏山城の区画に有益な建物の建設も可能になりました。
みんなのアイドル那珂川沿いの農業区画に製材所を建設。製材所は区画をより農耕に適した土地にするだけではなく、普請関係の日程を短く出来る模様。

そして、1536年9月。

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領地東側の佐竹と同盟が結ばれているうちに、真岡の宇都宮家を打ち倒すべく進軍。
真岡北で宇都宮軍を野戦で破り、攻城戦を開始しました。

真岡城落城までは二ヶ月かかる見込み。那須家約2000に対して宇都宮家は380。支城のため防御力も低いので、このまま囲み続ければ勝利は確定です。

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余裕かまして烏山城下に茶室を建築。もちろんみんなのアイドル那珂川(しつこい)沿いです。風流ですねぇ。どちらかというと龍門の滝の方に作りたいところですが…

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▲龍門の滝。大雨の後なので水が濁ってる。

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同年11月。予定通り真岡城を攻略。

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宇都宮家、あっさり滅亡。那須家の威風を下野に示す事ができました。

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捕虜の処遇ですが、当然のように人手不足の那須家としては全員登用せざるを得ません。

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しかし、当主宇都宮尚綱だけは仕官を断り下野。まあ、当然ですね。去る者は追わずです。

 

■那須家、下野に覇を号す(号しただけ)

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これで、下野東半分は那須家の領土となりました。これは、那須家が下野最大の大名となったということです。
残るは南西平野部の壬生城、祇園城、そして下野一の堅城である唐沢山城。ちなみに祇園城は小山城とも呼ばれ、小山ゆうえんち(閉園)で有名な小山市にあります。

壬生城は山内上杉家、祇園城は古河公方と、家格の高い(那須家から見れば)有力大名です。唐沢山を有する佐野家は古河公方と同盟しているので、実質古河公方「側」と考えて良いでしょう。

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外交関係を見ると、すでに古河公方、佐野家は那須家にヘイトを高めているので、どこかのタイミングで戦争になるのは確実です。
古河公方の南を領有する扇谷上杉も、古河公方と同盟を結んでいる関係で那須家を敵視しています。

面倒なのは古河公方、両上杉とも「名家」であるため、関東甲信越の有力大名とも同盟を締結しています。
一度戦争を始めたら、ひたすら敵同盟軍を滅ぼすまで戦いを続けなければならない状況になるかもしれません。なのでこちらからは仕掛けず、まずは内政を強化し、兵力を支える土壌を鍛えます。

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よく見ると、房総の各勢力は、古河公方を始め関東平野中部の大名とは手を組んでいません。
特に小弓公方は那須家に関心(畏怖)があるようです。とりあえず、関係の改善をはかり、古河公方を挟撃できる体制を整えます。
ちなみに小弓公方と古河公方は同族ですが、秀吉の仲裁があるまで争い続けた関係にあります。後に和睦し江戸時代には喜連川家となり下野国に封じられることになります。喜連川(現さくら市)は烏山と宇都宮の間にあります。

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烏山城には演舞場を建設。烏山は支城とはいえ、所有する4城でもっとも繁栄しているので、このまま生産拠点として発展、人口の増加を目指します。
支城での建設はパワーアップキット(PK)にて実装された要素です。無印だと本城しか建設ができませんでした。
内政の上限値に達すると開発が止まってしまうため、本城獲得後は放置しがちになりましたが、PKで支城でも建設ができるようになったため、本城獲得後も活用できるようになりました。
逆に、本城のアドバンテージは下がったとも言えますが。

開発を終えて翌月へ…

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と思ったら…。頼りにしていた小弓公方が古河公方勢に滅ぼされてしまいました。外交策の練り直しです。

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そして、祇園城には、佐竹の軍勢が迫ります。
このまま古河公方勢を打ち破ってくれれば…とも思うのですが、佐竹に祇園城を取られてしまうと、同盟関係にあるため攻略できず、かえって下野の統一が遠のいてしまいます。適度にお互い消耗してもらえるのが一番です(ゲス顔)。

…が、祇園城の守兵800に対し、佐竹側は当主義篤の2500をはじめとして3000以上の兵力。、落城は時間の問題でしょうね。
出兵してちゃっかり祇園城をもらう手も考えたのですが、落城を早めるだけなのでやめておきました。

逆に考えれば、祇園城が佐竹のものになれば、壬生城を攻めるのに後方を考える必要がなく、宇都宮の兵力を気にせず動員できるということになります。

佐竹が下野に食指を動かす以上、取られる前に壬生城、唐沢山城を攻略しなければなりません。事態は思ったよりも早く動きだしました。

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そんな中、リフレッシュした宇都宮尚綱が帰参。ボウズ頭も爽やかです。

小弓公方が滅んだ今、下野をはじめ北関東を制圧するには北条と手を結んだ方がいいと判断。
北条は古河公方と同盟関係にありますが、古河公方とはまだ直接戦っているわけではないので、実戦に突入する前に関係を改善を期し、使者として壬生綱房を派遣します。

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そして壬生城攻城開始。山内上杉家との戦端を開きました。敵の援軍がこない限り、落城は時間の問題。
南の祇園城も間違いなく佐竹が落とす見込みとなったので、壬生を攻略したらそのまま唐沢山まで攻め込みます。

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攻略開始して一月も経たないうちに、壬生城は単独降伏に応じました。あとは唐沢山城だけです。

予想通り祇園城も佐竹が下したため、宇都宮が安全となりました。さらに宇都宮から応援の軍を派遣し、唐沢山城攻略を目指します。

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攻略を開始したものの、さすがは北条も上杉もはねのけた天下の堅城、唐沢山城。一筋縄ではいかないようです。関東の堅城といえば「のぼうの城」の忍城が有名ですが、唐沢山城も「関東一の山城」と呼ばれ、堅固さを思わせるエピソードには事欠きません。

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その「堅さ」は当然ゲームにも反映されています。なにしろ耐久6000。強攻するにも防御が堅すぎます。

11月まで攻囲を続けたものの、結局唐沢山城は落とせず。腰兵糧も心許なくなったので、兵を撤退させました。佐竹が祇園城を攻めたことに釣られ、すこし焦りすぎたようです。

その攻囲戦の中、北条との交渉を行っていた壬生綱房が蘆名家に引き抜かれるというアクシデントもありました。那須の中では政治と知略の高い人材でしたが、仕方ありません。これを機に人材配置なども考え直さないとなりませんね。

唐沢山攻略の間にも内政を進め、国力は高まりつつあります。軍備を整えた上で、もう一度出直します。

今宵はここまでにいたしとうございます(だから古い)。

(文/赤蟹)


赤蟹

スベスベマンジュウガニ並みに猛毒を吐きまくる赤い蟹の人。「てらどらいぶ」の裏ボス。サイト管理とコーディング、デザインなどを担当。文章を短くできないのが悩み。

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