【ポンこれ】挨拶や社員心得が新人を殴る棍棒になっているダメ研修


ちらっとTwitterを見たら「製造業で新人が「挨拶に心がこもってない」と罵倒されていた」という、とても4月らしいつぶやきを見かけました。新人の方達も大変ですね。すいません、他人事で。

そんなわけで今回のポンこれは、挨拶やら会社の理念やらが、研修で新人を殴る懲罰棒になっている現状について書いてみます。

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■基準がわからない「心のこもり方」

そもそも「心のこもり方」ってどうやって計るのでしょうか?絶対的な基準がありません。
本人は十分に心をこめたつもりでも、先輩や人材コンサルタントなどの指導担当者に「足りない」と言われたら、足りないということになります。

それだけで済むならまだしも、冒頭の話のように罵倒されたり、指導担当者が満足するまで何度もやり直しさせられたり、誰かが「心がこもっていない」なら全員でもう一度挨拶させられたりと、実にくだらない光景が今頃各所で見られることでしょう。

指導担当者のその日の気分で基準が決まるようなものは、新人としても学びようがありません。昨日と同じような挨拶をしたら「心がこもってない」と言われたら、新人は混乱します。

極端な例ですが、例えば新人の挨拶が「おざーまーす」みたいな不明瞭でいかにもやる気ありませんという挨拶なら、注意してもいいでしょう。でもしっかり「おはようございます」と言ってるなら、罵倒するほどの話ではありません。

まして製造業という、業務中ほぼ社内の人間としか会わない仕事です。必要なものは相手をねぎらうための挨拶です。労働集約型産業の労働者に求められているものは本来合理性のはずです。ならば、接客業のような「心をこめた」挨拶なんていりません。

しかし、そのような労働集約型の仕事ほど、精神論が幅を利かせているという現状もあります。実際、高卒など学歴が高くはない人達が多く集まる仕事ですので、このような教育するという理由もあるのでしょうが、それにしても理不尽な教育は何も生まないのでやめたほうがいいと言えます。

挨拶ができない大人はダメ人間です。これは断言します。感謝の気持ちを忘れない。これも大切なことです。

しかし、「心がこもっていない」と挨拶にケチをつけるのは、単なる精神論です。それならば、一緒に仕事する人達をいたわり、ねぎらいましょうと、挨拶の「意味」をしっかり伝えたほうが有益です。かえって挨拶することがイヤになるような指導なら、やらないほうがマシです。

■しごきの道具になる「5S」や社員心得

4S、5Sという言葉があります。「整理、整頓、清潔、清掃」のイニシャルをとって4S。この4つに加え、4Sの活動を従業員に徹底させる「しつけ」が入ると5Sになります。労働集約の現場では、必ず実行されているメジャーなスローガンかと思います。

これらの活動を行う理由はお分かりの通り、職場環境の改善と維持にあります。言うまでもなく素晴らしい考えなのですが、スローガンや守らせることを意識しすぎた結果、先輩や上司、コンサルタントのマウンティングの道具と化してしまい、本来の職場良化から遠く外れた運用がされていることも少なくありません。

例えば、新人相手のクイズにされたり。「5S全部言ってみろ」みたいなカンジでしょうか。もちろん、全部言えなければ罵倒されます。

当たり前ですが、このようなスローガンは覚えるだけでは意味がありません。実践することと、実践される仕組みを整えることが先決です。そのような仕組みもできないまま、4Sチェックとか5Sクイズなんてやっても、職場が良くならないばかりか、新人にとって「○S」という言葉が嫌悪の元になるだけです。SはしごきのSですかと言いたくなるでしょうね。

社員心得、社是なども同様です。結局、先輩や上司、指導担当のマウンティングの道具に成り果てるのですが、よく考えたら4Sや心得や社是なんて、覚えたり言えたりしたって大して自慢になりません。マウンティングされても困るのが現状です。そもそも、4Sにしても社員心得や社是にしても、そんなことに使うものではありません。

重要な事は、これらの考えを浸透させることであって、覚えているから偉いだとか、覚えてないから罵倒するとか、そういう事ではありません。それがなぜ必要なのか、どうしてこんな理念が生まれたのか、意味と理論でしっかり教えないと新人も体得しません。叱られるから覚えなきゃ、という必罰前提の教育で、理念や行動規範が身につくのでしょうか。上っ面の言葉をなぞるだけで、心にまで浸透しないスローガンなら、ないほうがマシです。

余談ですが、4Sだったものが一つ増えて5Sになっただけにとどまらず、今では8Sが登場したりと、今でもSが増殖しまくっている様子。8って元の倍ですからね。いくらなんでも増えすぎです。

こういう「S増やし」って、業績が出せずに自分の地位が危うい管理職だったり、新たな管理メソッドとして売り込みたいコンサルタントが考えてるんですよね。これこそ下手な考え休むに似たり、

スローガンや取り組みはシンプルだからこそ効果が出るものです。特に労働集約の現場ならそうでしょう。
あれもやれ、これもやれでは、本当に重要な取り組みが疎かになる一方ではないのでしょうか?

■理屈立てられたカリキュラムのない新人研修は意味がない

21世紀にも入って、いまだに「先輩の背中を見て自分で学べ」という姿勢が多くの会社で残ります。
語れる背中もないのに、自分で学べと言われても新人は戸惑うばかりですが、これも結局新人教育のマニュアル化が進んでいないからです。
実はマニュアル、カリキュラムがあれば、指導するほうもかなりラクになるはずです。以前の記事でも書いた通り、育成担当も3月時点で一番立場の低い(弱い)、「準新人」とも言うべき人が担当していることが多々あります。
要するに新人の相手を押しつけられた人達であって、教える側にしたって、仕事や行動規範を教えるマニュアルもカリキュラムもなく、だからと言って背中で語るほど経験がない状態での研修担当なので、「挨拶に心がこもってない」くらいしか言えなくなるのも当然です。
そして来年には今の新人が研修担当になるのですから、負の連鎖がずっと続いているようにさえ見えます。

担当者が変わることで前年の研修内容、研修経験等が受け継がれないため、毎年手探りの研修になりがちです。これこそ無駄ですよね。
研修のノウハウがないから、相変わらずチームで穴掘りや大声で挨拶など、新人のためにならないしごき系研修のような頓珍漢な研修が毎年のように繰り返されているわけです。自分たちが穴掘らされたら、次の新人にも掘らせたいでしょうしね(?)。

ノウハウがなければ、外部のコンサルタントに依頼するのが一番合理的です。
しかしこちらに書いたように、一部のコンサルタントがしごき系研修をウリにしたり、Sを増やす原因にもなっているので、日本の人材育成のレベルの低さには頭痛を覚えます。

人が育ち、残ってくれなければ会社の発展はありえません。
最近ではヘッドハンティングなどで、実績のある人を雇えばいいや、という考えもまかり通ってますが、そのような会社は恒常的に人の出入りが激しくなるので、業務能力が不規則になるという問題を孕みます。業績を安定させたいなら、やはり生え抜きの社員を大切にするべきです。そのためにも新人研修は大切です。

すでにTwitterなどでは「新人研修で○人辞めた」という話もちらほら見受けられます。実際の研修風景が分からないので、研修方法が悪いのか新人が根性なしなのかは分かりませんが、少なくとも「この会社にずっといよう」と思えば、入社一週間で辞めるということもないでしょう。

現場の機械化が進み、人力は徐々に排除されつつあります。現場からスタートとなる新人にとってはつらい状況ですが、同時に逃げ切った世代(例えばバブル世代以前)にとっては、すでに現場の機械化とは関係のない地位…というより、積極的に機械化を進めて人件費を圧縮する側に回っているので、なにかと「人の力」を軽視しがちな傾向にあります。

そういう人達が「最近の若い奴は」と言い、挨拶やら社員心得唱和など適当な研修を施しているくせに、「中国人は優秀になってきている」「それに比べて日本の新卒は」と斜め上の発言をしたりで、新人でもなく聞いているだけの私としては黒い笑みが浮かんでしまうのですが、こんな状況が続いてる限りは、日本が誇った優秀な労働力や個人技術も、遅かれ早かれ他国に遅れをとっていくのだろうなと感じます。

それって、新卒の人達が悪いのではないですからね。先行した大人が、しっかり育てられなかったから悪いのです。
歳だけくって偉そうにして、なんでも若者が悪いというのは、さすがに筋が通りませんよ。

(文/赤蟹)

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赤蟹

スベスベマンジュウガニ並みに猛毒を吐きまくる赤い蟹の人。「てらどらいぶ」の裏ボス。サイト管理とコーディング、デザインなどを担当。文章を短くできないのが悩み。

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