【ポンこれ】部下のコンプレックスをイジって失敗するポンコツ上司


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「ポンこれ」は赤蟹さんの担当ですが、今回は私、団長がちょっと書いてみます。

私が20代後半の頃に勤めていた会社の話です。

団長と言えばボウズ頭で有名(?)ですが、すでにこの頃から頭頂部が薄くなってきていました。しかしハゲていることをあまり気にせず、むしろ自分で薄いことをネタにしていたくらいでした。いまもボウズであることをネタにしていますし(笑)。

当時勤めていた会社の社長は、社員のコンプレックスをやたら弄りたがるダメな性格のオッサンでした。

私はいわゆる社長の側近で、社長と一緒にいることも多かったせいか、よく髪が薄いことをからかわれていました。上記のようにあまり気にもしなかったので笑って受け流していましたが、何も言われないことをいいことにイジリ方もどんどんしつこくなってきました。

調子づいた社長は、ある日別の男性社員の頭髪もいじるようになりました。
その人は私よりも若かったのですが、額が広く見ようによってはハゲあがっているようにも見えました。それで「生え際が後退している」みたいな事を、私に言うようにしつこくからみだしたのです。

そんなしょうもない生え際イジリに彼は笑って応えていました。しかし、翌日から会社にこなくなってしまいました。そして辞表を出すこともなく、メール一本だけ入れて辞めてしまいました。

 

■自分の優位を確かめたくてコンプレックスを弄るダメ上司

その社長は「ふさふさ」な事が「取り柄」でした。
他人の薄毛をいじるのは、髪の毛において絶対的な優位があったからです。幼稚な話ですが、髪の量が多い自分の方が偉い…みたいなマウンティングとでも言いましょうか。

コンプレックスいじりが立場の上下を確認する(させる)、ある種の示威行為なのは明白ですが、一方で、コンプレックスいじりを社員とのコミュニケーションだと思っているところもありました。

相手の嫌がることをするのは、承認欲求の現れであるとも言えます。小学生が好きな子にいじわるするようなものです。自分を認めてもらいたいのか、もしくは許容されているかを確認するために、わざわざ相手が気にしている事を口にするのです。

言っている社長はおふざけのつもりで、明確な悪意はなかったのでしょう。本人にしてみれば軽くいじっているようなカンジだったのでしょうが、受け手によってどう思われるかは分かりません。
私は「イジリ」という言葉で嫌がらせを肯定する現代の風潮が激しく嫌いです。「イジリ」という言葉で相手が嫌がることを「やってもよい」というおかしな免罪符ができているように思うのです。

しかし言葉の意味は、発言者の意図とは別に、常に受け手がどう理解するかによって決まります。そして言葉への認識は、感性や価値観によって大きく変化します。

この社長に限らず、いろいろな会社で部下への無配慮な発言をして嫌われる上司というものはいるはずです。

言われている方は組織の序列であったり、または給料を貰う立場なので黙っているしかないのですが、本心は我慢している、もしくは屈辱感を募らせているとかもしれません。そういう顔色や気持ちを察せず、自分の承認欲求や気晴らしをほとばしらせると、どのような形で跳ね返ってくるか分かりません。

今回ご紹介するケースだと、それが辞職につながった、ということです。

 

■「キンカ頭」が引き金となって横死した信長

たかが生え際いじられただけで辞めるなんて、社会人としてどうなの?という意見はあるでしょう。私もそう思いました。
しかし彼にとっては生え際をいじられる事は耐えがたい屈辱であったのでしょう。

このような「部下のハゲいじり」により、志半ばで死んだ人がいます。

織田信長です。

本能寺の変の原因は諸説ありますが、その中に信長が明智光秀を「キンカ頭(ハゲ頭のこと)」と侮辱していたから、という説もあります。

信長としては軽い気持ちで言ったのかもしれませんし、その社長同様コミュニケーションのつもりだったのかもしれません。しかし、受け取る側はそうは思っていなかったのでしょう。

光秀は信長よりも年長ですし、有能でプライドも高い人でした。そんな光秀が並みいる家臣の前で自分の薄毛をいじられる。これほどの屈辱はなかったと思います。

もちろん、光秀ほど思慮のある人が、たかが「キンカン頭」」だけで謀反を起こすわけがないのですが、それまで積み重なってきた信長への不満…例えば助命を約束した波多野氏の処刑であったり、配置転換であったりと様々な要素があってのことで、キンカン頭の件もそのような恨みの一つか、きっかけに過ぎなかったでしょう。

しかし、言葉を慎まなかった信長は天下統一半ばで横死し、織田家の権勢は家臣であった秀吉に乗っ取られ、嫡孫であった織田秀信も関ヶ原の合戦に敗れ高野山に配流となるも、信長の高野山攻めの仇で入山を拒否されるという惨めな人生を送ることになりました。あの時、光秀の頭髪をいじってなければ、こんなことにならなかったかもしれません。

なお、このキンカ頭の逸話は、司馬遼太郎の創作という話もあります。その場合も「大勢の前でハゲとからかうのは侮辱である」という考えあっての創作したのでしょう。たとえ部下だったとしてもコンプレックスをいじるのはいけないということだと、司馬遼太郎も言っているのです。

辞めてしまった社員も、おそらく「頭髪イジリ」はきっかけにすぎなかったはずです。それまで積み上がっていた会社や社長への不満が「生え際が後退している」という言葉で、不満から怒り、そして見切りへと変わってしまったのだと思います。それが彼に会社を辞めるという選択をさせ、光秀には謀反を起こさせるという決意となったのだから、上司という立場に慢心して方言するのも命がけです。

 

■コンプレックスいじりは思い上がりと自信のなさのあらわれ

考えてみれば私が仕事を覚えて実績を出すようになって以後、「頭髪いじり」が増えたような気がします。会社の業績が悪くなるにつれしつこさが増すようになってきました。結局会社は、このような社長の性格もあって社員が居着かず、最終的には倒産してしまったのですが、部下の髪の量をイジる前にやることはあったはずです。

小さな会社で、社長がやりたいことをやるための会社というところもあったので、業績の悪化はそのまま社長のやり方が市場に否定されているようなものでした。
他人のコンプレックスをいじるわりには、虚栄心が強くプライドも高い社長は、その否定されている現実を受け入れたくなかったのでしょう。そのため、業績が悪化するほど営業活動を萎縮してしまい、さらに売上げが下がるという負のスパイラルに陥ってしまいました。

自分(の仕事)を否定されたくないという気持ちから営業をしなくなり、その分社員を自分が優位に立てる頭髪で、反意を見せられない部下相手に優越感に浸っていたのでしょう。

 

コンプレックスをどれだけ気にしているかは、本当に人それぞれです。私のようにボウズ上等で髪の事を気にしない人もいれば、きっちりヘアセットして少しでも多く見られたいという人だっています。
肌の色が濃いことを気にしている人、背の低さに悩んでいる人、女性ならば胸の大きさがイヤな人、それぞれいると思います。その特徴が他人にとって愛すべきものであったとしても、本人に強い劣等感があるならどれだけ褒めても「コンプレックスが好きに変わる」ことはありません。

人間関係に慎重な人、もしくはそれほど親しくない相手にコンプレックスの話はしません。逆説的にコンプレックスの話ができるということは、それだけ親しい間柄になったということでもあります。

そのような信頼感や親密さをはかるようなところも、おそらく「コンプレックスいじり」にはあると思います。

しかし、上司が思っているほど、部下は上司の事が好きではありませんし、尊敬もしていません。

まして「コンプレックスいじり」で関係を計るような幼稚な上司が好かれるわけがないのです。

なお、女子社員は社長を陰で「鼻デカ」と呼んでいました。「鼻がデカいからアレもデカそう」「やだ気持ち悪い~」という感じです。
部下の薄毛をいじって調子に乗っていた社長でしたが、まさか陰で女子社員のアレの大きさをいじられてるとも思わないでしょう。まさにコンプレックスいじりスパイラル! 特に女性が多い会社だったので、女子社員の「悪口」は陰惨を極めていました。女ってこえー、何言われてるかわからねー、と思ったものです…。

この事を通して、私は「組織において女性の評価ってとても大事」という戦訓を得ました。

女って恐い!

(文/団長)


団長

「てらどらいぶ」管理人。 ゲーム開発のディレクター、動画配信サイト管理人のプロデューサーなどを歴任。 心のゲームは「ウィザードリィ」と「ザナドゥ」。ドラクエとFFならドラクエ派。

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