ハイスコアガールとべーしっ君


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7/25は、オールドゲーマーにとって嬉しいコミックが二冊発売されました。

一つはおととしの著作権侵害問題から連載と新刊の発売がのびのびになっていた「ハイスコアガール」。もうひとつは、1984年から1997年まで「ログイン」や「ファミ通」で連載されていた「べーしっ君」です。

 

■「ハイスコアガール」ようやく発刊された待望の最新刊

2014年にSNKプレイモアより使用許諾を受けてないままコミックでキャラを使っていると、著作権侵害容疑で告訴されたハイスコアガール。警察の動きを受けて連載は休止、目前に迫っていた最新刊の発売は無期限延期となり、多くのファンを愕然とさせました。

大変個人的な事ですが、この事件の前後は、私自身も私生活や仕事のことでもろもろ参っていた時期でもありました。

そんな心身共に疲弊した私の心のよりどころが、もうすぐ発売されるハイスコアガールの最新刊でした。

発売中止のニュースを聞いた時は本当に落胆しましたね。仕事でも評価を得てそこそこ力も持ち始めたと過信していた時に、自分の力の及ばないところで、どうにもならない事態を傍観しなければならない無念さを噛みしめたり、自分もいい大人なのに、ガンダムの歴代パイロットのように大人の社会に汚さを感じたり、ただでさえネガティブな気持ちになっていたところにトドメを刺されたような気持ちになりましたよ。

まあ、誰が悪いって決めつけて怒るような話でもないので、ひとしきり憤慨した後は淡々といつものくたびれた生活に戻ったわけですが…。

あれから二年。

とりあえずゲームは買うものの、何にも熱くなれない自分がいました。
寝食忘れてゲームをやることもなくなりましたし、SLGも優勢に入ると惰性で次のターンに進めるようになったり、RPGも雑魚戦は常にオート。弾避けるの面倒でSTGもあまりやらなくなり、たまにやっても見えてた弾に当たったり、避けられない自分にイライラしてゲームをやめたり。

気がつけば、APの回復のたびにグラブル起動してるだけの毎日になってしまいました。

そのグラブルも、この前五神杖を完成させ、フュンフを加入させたら人心地ついてしまって、今回の古戦場イベントもなんとなくプレイが億劫になっています(戦貨ガチャで古戦場武器出ないからなおさら!)。

ゲームに熱中できないのは歳のせいなのかな。

面白いと思っても、熱くなれないんですよね。

そんなモヤモヤをここ一年くらい患っていました。

しかし…

ハイスコアガールの最新刊を読んで、ずっとお預けにされたハルオと日高さんの勝負と結末を見て、なぜ熱中できないのか気づかされました。

ゲームに熱中できない理由は「悔しさ」と「願い」が欠けていたからです。

強くなりたいとか、この物語の結末をきっちり見届けたいとか、ボコられて悔しいとか。そういうゲームをやる上で必要な「欲求」「メンタリティ」が欠落し、時間の隙間を埋めるような遊び方しかしなかったり、勝っても負けても「まあいいか」で終わらせてしまっている。

「まあ、いいか」で終わっているのは、つまり、ゲームに対して意識が低いからです。

自分で自分を、見切っていたからです。

自分の可能性や行く道を見失っていたからです。

そう気づきました。

…まあ、勝負の結果は「予想通り」でしたが。

新刊では前巻より出てきた大野さんの姉の真が物語を動かします。そしてハイスコアガール随一(唯一?)の「憎まれ役」であった萌美先生の「人間的」な部分が出てきます。個人的に萌美先生の考え方というかプロ意識というか、そういうところは嫌いではなかったので、印象が良いエピソードが入って良かったと思っています。

ハイスコアガールは主要キャラの誰もが「思い通り」の状況にならないという「もどかしさ」があります。その壁をゲームを通してどうするのかという展開になるのですが、80年代に流行したファミコンマンガと違い、ゲームに勝利したら願いが叶うとか、勝負の結果全てが丸く収まるとか、そんな単純な展開ではありません。
物語に用意されている障壁は「現実」であり、ゲームはあくまで「仮想」です。
「仮想」を通して現実が変わるようなファンタジーを、ハイスコアガールはあまり前面に押し出してきません。ただ、少しでも状況が良くなるための踏み台としてゲームがある。でも、現実はゲームのようにハッピーエンドが用意されているわけではない。ハルオや大野さん、日高さんは「現実」にぶつかったり、挫折したり、敗北したりして、それでも良い結末をと望むからゲームに想いを託す。そんな話なのかなと思ってます。

連載もようやく再開ということで新刊告知の見開きになんの展開も煽りも描かれていないというハイスコアガールにしては珍しいカンジですが…まあ、仕方ないですよね。

しかし、ハルオはPCエンジンユーザーだったのに、ときメモはPS版が初体験なのか、意外だなーって感じはしました。そういえばCDロムロム持っていたっけ…と思って確認しようとしたのですが、ずっと四巻が行方不明なので調べ切れていません。三巻の時点ではHuカードのゲームだけみたいでしたし、高校編ではすでに次世代機の時代になっているから、もしかしたら持っていなかったのかもしれませんね。

 

■「べーしっ君」パソコン&ゲーム界の生き字引的存在

先にも書きましたが、べーしっ君は「ログイン」「ファミ通」で連載されていた、非情にナンセンスな四コママンガです。

その時々に流行していたゲームやパソコン、周辺機器をお題としたダジャレと特徴的な擬音が伴うオチが強烈な印象を残した「べーしっ君(というタイトルからしてダジャレ)」。今読み返してみると、下品なギャグが多いことに驚かされます。

ナンセンスなのはいつもの事ですが、こんなにエロで下品な話ばっかりだったっけ?と、なぜかべーしっ君を美化していた自分に驚かされます。

でも読み返してみると、PC-88のCD-ROMで黒乳首とか、そんなネタあったなーと思い出しました。当時、PC-88用のCD-ROMドライブ欲しくて仕方なかったので覚えていたのでしょうね。結果から言えば買わなくて正解だったのですが…。もう88の時代は終わってましたしね。

連載開始の84年はべーしっ君、入社試験受けたりと大学生くらいの年齢設定だったんですね。

ネタはドラクエやFF、ゼビウスやファミスタといったメジャーな作品からBURAIやアシュギーネ、サテラビューなど「言われたら思い出す」ようなネタまでいろいろです。時々の時事ネタ(特に芸能関連)も多く、「あの頃」を下品なネタと一緒に思い出すことができます。

なにしろ84年から97年です。急激に発達するパソコンやゲーム機、そしてゲームの歴史と共にあって、その身に刻んだべーしっ君です。連載初期は音響カプラーでパソコン通信していたのに、90年代中盤からインターネッツですよ。PC-6001のドットがどうこうと言ってたのが、後半はポリゴンですからね。

作中の登場人物は何年たっても変わらないのに、彼らを取り巻く環境だけが発達していくわけですが、べーしっ君のようにいつまでも学生のまま、ゲームの進化を体験できたら幸せでしょうね。ずっとゲームやりっぱなしで許されるわけですし。

というか、近藤ましんご臣って、今時はマシン語ってなんぞやっていう人の方が多そうです(IoTで見直されているという話も聞きますが…)。というか、全編読んでみると、べーしっ君ってタイトルなのに登場人物の名前以外にプログラム関連のネタがほとんどない…。ましんご臣がエリア(べーしっ君の姉)と着ていたマシン語プリントのペアルックくらいですかね。

連載後半は掲載誌がファミコン通信に移ったため、ゲームネタがほとんどを占めるようになります。当然、パソコンゲームネタもなくなるわけですが、90年代中盤の国産パソコンゲームって光栄とファルコムとエロゲーばっかりだったので、まあいじりようもないですよね(笑)。光栄のゲームはどのみちコンシューマーに全作移植されていました。

なお、べーしっ君の連載が終わった1997年。元連載誌であったログインは88年から続いたパソコン誌としては唯一の「月2回刊」が終了。国産パソコンゲーム市場がエロ一色に染まっていく中、「子供でも買えるエロ本」と呼ばれたエロゲー専門誌に押しに押され、パソコンゲーム誌としての存在感を失っていくのでありました。

ちなみに団長は、ログインが月2回刊になって以降、資金的な理由でコンプティークに鞍替えしました。ふ、袋とじ目当てじゃなかったんだからね!!

(文/団長)


団長

「てらどらいぶ」管理人。 ゲーム開発のディレクター、動画配信サイト管理人のプロデューサーなどを歴任。 心のゲームは「ウィザードリィ」と「ザナドゥ」。ドラクエとFFならドラクエ派。

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