フェミニストが救済するのは「女」ではない


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間もなく投票日を迎える都知事選。各陣営による応援の「応酬」が大変なことになっています。中でも「政策を語らずゲストに喋らせているだけ」「都政ではなく国政ばかりを語る」民進党候補、鳥越俊太郎氏の街頭演説は熱心な民主党支持者にも呆れられているほどです。

「なぜ、宇都宮(けんじ)氏にしなかったのか」

何度も都知事選を戦い抜き、ノウハウも都知事選候補としての知名度もある宇都宮氏を下ろして、ジャーナリストとして「有名」な鳥越氏を推薦した民進党の判断は単なるポピュリズムに過ぎず、その政策どころか信念すら感じられない決断に、対抗陣営である保守派からも宇都宮氏を哀れむ声が聞かれるほどでした。

「50億円を課金したクソガチャ」と揶揄される都知事選ですが、候補にもユニークな方々が揃っていますが、その応援人にも愉快な人がちらほら見受けられます。

特に社民党副党首、福島瑞穂女史による発言が物議を醸し出しています。

去る7/22、高円寺駅前で行われた街頭演説の最中。福島女史は聴衆に向けてこんな発言をしました。

「そして私は女性ですが、女性なら誰でもいいとは思いません。外は女装してても中身がタカ派の男性だったら意味がないじゃないですか!皆さんどうですかー?私はタフでなければ生きていけない、でも優しくなければ政治をやる資格はない、そう思っています。優しくない女性に東京都政を任せる訳にはいきません!皆さんどうでしょうかー?」

この問題発言は聴衆からすぐさまSNSに投稿され、瞬く間にネットに拡散されていきました。

 

■福島瑞穂の発言と日本のフェミニズム

この発言の問題点は「女性」である小池百合子候補を揶揄する発言であると同時に、小池候補を「女ではない」というかなりのビーンボールを投げているというというところです。
もちろん身体的には女性です。だから福島女史も「外は女装してても」と言っています。しかしメンタリティが男性であるなら女ではないと言っているのです。

要するに、身体と精神の性が違っているのだから、小池候補は女の格好をしている男だ。だから女性の候補、優しくない女性のための候補ではないと断じているのです。

これが福島女史以外の誰かが言うなら、単なる侮辱発言で済むことですが、問題は福島女史が人生をかけてフェミニズムや性同一性障害を始めとする性的少数者救済という「人権活動」に打ち込み、その旗手としてこれまで様々なメディアに登場し、そこで培った知名度を買われて社民党党首を務めていたという経緯を考えれば、恐ろしく違和感がある、それどころか彼女自身の活動をちゃぶ台ごとひっくり返すような発言だと言えます。

この発言に対し福島女史から謝罪や釈明は出されていません。社民党周辺としては、問題のない発言であると認識されているのか、ネットの盛り上がりを静観して落ち着いたころに声明を出すつもりのか、単に後手後手にまわっているだけなのかはよく分かりませんが。

 

■社民党フェミニズムの原点

今回の発言の源流にあるものは「女性の政治活動、および女性のための政治はフェミニズムたる左派が担うべき」という盲信があると思われます。

80年代末期に土井たか子がマドンナ旋風を巻き起こした成功体験が、斜陽どころか政党としての存在そのものが怪しくなりつつある社民党の希望であり、土井たか子から受け継がれ続けた女性の政治進出、ひいては日本のフェミニズムの代表という自負を持ち続けたに違いありません。

しかし土井たか子自身が強烈なフェミニストであるかと言えばそうとは言えず、また彼女自身も男性が大勢を占める国会の中で女傑ぶりを発揮し、それが国民の人気を得る理由になっていました。言うなれば良い意味で福島女史が言う「女装した男」だったのです。
当時は防衛費枠の増大や消費税導入など、国民にとっては不愉快な政策が立て続けに施行され、自民党や官僚の「やりたい放題」が多くの国民に憎まれた状況でした。そんな自民党政権に対し、彼女が快刀乱麻に男性の定理、自民党の決まりを粉砕、宮沢喜一蔵相を辞任させ、ついには竹下内閣も倒閣するという、社会党としては大きな快挙をなしとげました。

その後はおたかさんブームに乗って社会党は議席を伸ばし、また社会党が推す新人女性議員が多数当選したことにより、89年の参議院選はマドンナ旋風と呼ばれました。
マドンナ旋風を成功させた社民党は、その後女性の支持を得るためにフェミニズム勢力、すなわちフェミニストとして著名な人々を党内に取り込む方針を固めました。その延長上にあったのが、2003年から2013年まで社民党の党首を務め、また今回の問題発言の元凶となた福島瑞穂女史です。

 

■「男」というレッテル

女性というものは、目標でまとまれず、即物的な利益によって団結すると言われています。男性は社会全体の秩序を好みますが、女性は自分とその周辺の平和を望むのです。しかしこれはあくまでジェンダーに過ぎず、与えられる立場とミッションによっては性差は縮小ないし逆転することさえあります。よって、女性が「面ではなく点」で考える動物であるとは言い切れるものではありません。

社会性を剥いでみれば、男は狩猟と防衛という前線を、女性は補給と住居の管理、出産と育児というバックヤードを担当したという原始的ジェンダーに落ち着くわけですが、高度な技術が性差を埋め、またそれぞれの性が担う役割を担当する性別が履行する必要がなくなったという現在において、本能の部分での違いを除けば社会性という意味で男女の差は大きく違わないというのが真実です。

しかし、その真実は依然として建前のままであり、女性の賃金はいつになっても安いまま、出世するにも男性が男性たる矜持を守るために作り出した「ガラスの天井」にぶつかり、妊娠すればそれを理由に退社を強要され、育児時短を要求したら退職を促されるという現状があります。「女性が活躍できる会社」とか「女性が輝ける職場」などと綺麗事を論じる後ろで育休も時短も認めず正社員にも関わらず解雇するという、建前ばかりの男どもの原理をそこに見ることができるのですが、本邦のフェミニズムにおいては、このような切実な問題よりも、男性社会を憎悪し、男を貶め、女性の性(セックス)の開放を要求するという、ラディカルでアーティスティックでなんの役にも立たないミサンドリーを揮発させつづける存在へと堕落していいます。

過激なフェミニストはミサンドリーであり、同時にミソジニーでもあります。

先述のように、先鋭化した女性の集団は多くの場合社会性を失います。自分たちの社是は目標こそ正義で、それに反駁するものは例え同じ女性でも容赦はしないという観点です。フェミニストは女性のための活動でありながら、保護すべき女性にすら容赦なく牙を剥きます。

今回の福島女史の「女装した男」発言は、その最たるものです。

以前から私は、日本のフェミニズム運動は「女性」のための活動ではなく、「彼女たちが規定するフェミニズムに従う女性」たちのための活動であると指摘し続けてきました。

彼女たちの定規に会わない女性は、女性ではなく「(準)男性」なのです。

敵対者は男性認定して吊し上げるなんてまるで文化大革命のようですが、日本のフェミニズムが左派と近しい関係性の中で発達を続けたことを考えると、あながちズレてはいないような気がします。

このように敵対する者には「男性」というレッテルを貼り、自分たちだけが真の女性の味方であるという主張は、自分たちこそ女性の守護者であり、女性の未来を導く資格があると自認しているためです。

だから、保守派から現れた女性がまるで女性の代表のような顔をして都知事選に出て、なおかつ自分たちが推す候補よりも人気があることが不愉快な上、自分たちのアイデンティティに関わる問題になるからこそ、「女装した男」という辛らつな言葉を投げざるを得なかった、という面もあるのかもしれません。

 

■分裂するフェミニズム

社会党…現在の社民党は「マドンナ旋風」を勘違いしたまま、25年の歳月を重ねてしまいました。

存在感と党員を失っていく中で、護憲と自衛隊否定、そしてフェミニズムとすがるものが少なくなっていった結果、かつて輝かしかったマドンナ旋風の残滓にすがるしかありませんでした。福島女史が社民党の未来を託されたのも、そんためでしょう。
2013年の衆参両院のダブル選挙で大敗した結果、福島女史は党首の座を降りましたが、彼女たちが担ったフェミニズムは今回の都知事選でも社民党を始めとする「野党連合」の基軸となっています。

女性政党としての社民党の存在感を残したいという希望もあるのでしょうが、今回の発言はそのような社民党のスタンスをかえって悪くしてしまったように思えます。

福島女史が、なぜこのような残念な思想を公衆の面前で堂々と開陳してしまったのか。それは、日本のフェミニズムの現状と無関係ではないでしょう。

日本のフェミニズム界隈も決して一枚岩ではありません。

「フェミニスト」というだけでひとくくりにせれがちですが、急進的なミサンドリー集団もいれば、穏健派もいます。日本人男性はカスだけど外国人男性はステキと言って憚らない人達もいますし、女性の性の開放を謳ってラブグッズ販売を行っている人達もいます。
そして彼女たちは派閥争いを繰り返し、フェミニスト同士でも「(準)男認定」「女性の敵認定」をしています。

つまり福島女史は、「私の考えが分からないあんたは女の格好している男」という、いつものフェミニスト同士の殴り合い(じゃれあい)を、そのままノンケ相手に出してしまった、ということです。

そのレッテル貼りはフェミニズムという「内々」であるからこそ、例えば共産主義者の「自己批判」的なタームを帯びるわけですが、同じテンションで外部に出されても、世間は額面通りにしか受け取られません。

そのあたりの「庶民感覚」が欠けた結果、この発言がなぜ問題なのか、福島女史および社民党には認識できないのかと思えなくもないのです。

あくまで推測ですが。

なんにせよ、明後日はいよいよ選挙です。どんな結果になろうと、後悔しないよう、しっかり投票にはいきましょう!

(文/赤蟹)

※「てらどらいぶ」は特定の党、特定の政治団体を支持していません。本記事はあくまで社会現象の分析にすぎません。悪しからずご了承下さい。

※2016/7/30追記 ご指摘がありましたので記事を修正いたしました。福島瑞穂女史は現在は社民党「副」党首であり、現党首ではございません。ご指摘ありがとうございます。


赤蟹

スベスベマンジュウガニ並みに猛毒を吐きまくる赤い蟹の人。「てらどらいぶ」の裏ボス。サイト管理とコーディング、デザインなどを担当。文章を短くできないのが悩み。

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