【ニュースの小ネタ】障害者を抱える家族から見た「感動ポルノ」


8/27~8/28にかけて放送された日本テレビの夏の定番「24時間テレビ」に対し、裏番組のNHK Eテレが「(障害者をネタにする)感動ポルノ」という番組をぶっ込んできて話題になっています。

私個人はどちらの番組も見ていないのでネットでの情報でしか分かりませんが、Eテレのバリバラは元よりこのようなエッジの効いた特集をする番組であるらしく、普段から見ている視聴者からすれば特段騒ぐようなピックアップでもなかったようです。
しかし、夏の定番でありマスコミの良心として信じられてきた24時間テレビに、公共放送たるNHKがご意見申し上げる展開に世間はざわめきました。

冷戦集結前までの24時間テレビは「平和」や「福祉」をテーマとして、特に紛争地帯、紛争終結後の発展途上国を助けようという、先進国のノブリスオブリージュを体現するような構成でした。難民問題や発展途上国の問題、冷戦下の緊迫した国際情勢を取り上げる一方、8月の定番である日本の敗戦や反戦ドラマ、ドキュメントといった、比較的ハードで考えさせられる内容が多く盛り込まれていました。私達が平和で満たされた生活を送っている一方、世界の国では毎日の食さえおぼつかず、飢餓と疫病と貧困に喘いでいる人達がいるという事実を突きつけてくる番組でした。

当時はまだ各地で核実験も行われており、米ソによる第三次世界大戦が起きないと言い切れない状況でもありました。ノストラダムスの大予言のこともあり、少なくとも子供達はいつ人類が滅びるのかという事に恐怖していました。反戦の願いと言いながらも恐ろしい戦争の映像を流す24時間テレビが嫌いでした。夏休みも終わりに近づき気分もブルーになっているところに、ネガティブな映像を見たくはなかったのです。

90年に入り冷戦が終結に向かうと、世界大戦の恐怖はなくなったものの、米ソの統率が消えたことにより、これまで押さえ込まれていた民族同士のヘイトが爆発し、終わりのない紛争、内戦が世界中に広がっていくことになりました。

同じく日本でもバブルが崩壊、イケイケだった世間の空気が次第に冷え込み、誰もがハッピーな日本が終わりを迎えようとしていました。

そんな中で、ハード路線だった24時間テレビにも変化が訪れます。

「感動」「応援」を基軸とした、現在まで続くエンターテイメント志向へとチェンジしたのです。

 

■24時間テレビの変化と「五体不満足」

Wikipediaの記事を見ると、24時間テレビの路線が変わったのは92年。マンネリ化のために視聴率を落としたテコいれとして、チャリティーマラソンやジャニーズ事務所やお笑いタレントを起用する現在の様式になっていったようです。

第14回(1991年) – 日本武道館の改修工事と1991年世界陸上競技選手権大会(国立霞ヶ丘陸上競技場)の独占放送などの事情から、放送が7月末に繰り上がり、東京都庁舎がメイン会場として使用された。しかし、番組内容のマンネリ化が進んだことで募金額や視聴率が低迷した責任を取る形で、番組開始以来番組に携わってきた都築忠彦が同年を最後に番組から降板した。また、番組開始以来多数の音楽を提供し、音楽監督の立場で参加してきた大野雄二も同年限りで番組から降板している。なお、同年の平均視聴率は6.6パーセント(ビデオリサーチ調べ、関東地区)で、過去最低を記録している。

第15回(1992年) – マンネリ化が進行していた番組の「テコ入れ」を図るために以下のリニューアルを行い、番組のエンターテインメント化を図った。
前年までは各コーナー毎に放送時間をはっきりと区切っていたが、番組全体を1つのプログラムとして作られるようになった(タイムテーブル上のパート編成はこの頃から)。
「悲惨な現状を確認することも大事だが、今年は楽しみながら感動し、参加できるチャリティーを目指す」とし、番組のメインテーマが従来のドラマやドキュメンタリーなどチャリティー色の強いものから歌と音楽をテーマにしたシンプルな物に改められた。

私はてっきり冷戦の終結で変わったと思ったのですが、視聴率が低迷していたのですね。
編成が変更となった91年は平均視聴率6.6%。エンタメに転舵した92年は17.2%と大きな回復を見せています。

企業の論理は数字と結果。それはチャリティーを主眼としたテレビ番組も変わりません。91年以前は好況であるにも関わらず募金額も低迷していました。エンタメ志向になって以後は景気の方が低迷したわけですが、それでも募金額は増えていっています。
楽しいチャリティという分かりやすい訴求方法がウケたのでしょう。どこで深刻な飢饉が起きたという話よりも、100kmマラソンを応援したり、歌ったりしたほうが見ているほうも楽しいに決まっています。

そんな24時間テレビも、乙武洋匡氏の「五体不満足」がヒットした頃から、24時間テレビは障害者にフォーカスした番組作りに変わっていきました。障害者によるチャレンジはマラソンに並ぶ番組の核となり、視聴者を「感動」させるエンジンとなっていきました。

 

■24時間テレビと「五体不満足」は、軽度の障害者にとっては苦難の始まりだった

私の父(艦これ提督)は筋萎縮症という難病をもった障害者です。また、当時付き合っていた人も右腕が動かない障害を持っていました。障害者が身近にいる中で五体不満足のブームを向かえ、24時間テレビの変化を目の当たりにしてきたのです。

しかし、二人とも24時間テレビの障害者チェレンジを見て「自分も頑張ろう」という気にはなれなかったと言っていました。挑戦者は応援はしたくなるけど、自分も障害を乗り越えて頑張れと言われたら困ると言っていました。

24時間テレビと乙武氏の存在は障害者が特別扱いされるような空気を和らげる一方、障害者に対する要求を高める原因にもなりました。「障害を言い訳にするな」「乙武さんだって頑張っているんだぞ」「24時間テレビで目が見えない子が頑張っていた。お前は目が見えるのだからマシだろう」というおかしな空気が作られてしまったのです。

「乙武さんに比べたらマシ」「24時間テレビの人よりはマシ」

こんな言葉、障害を持っている人なら何度となく言われた経験があるのではないでしょうか?

実際、腕の動かない相方に対し、同僚や先輩が上記のような意見を言っているのを目にしたことがあります。言ってる方は応援や励ましのつもりで言っているのかもしれませんが、腕が動かない本人としては、応援されても頑張っても動かない腕は動かないのです。

24時間テレビが作り出したポジティブな障害者像は、障害者を応援する、特別扱いをしないという価値観を生み出しました。そして障害者を無制限に応援することが善であるという意識を作りました。しかし、人間、誰しも前向きに生きられるわけではありません。障害を明るく受け止められる人もいれば、不自由な身体が意識に影を落とす人もいます。

そんな人に対して、ともかく応援しよう、ポジティブになろうという啓蒙セミナーのような状態が、果たして本当に勇気や元気を与えられたのか。

簡単に言えば、できないことを「やれやれ」言われる状況です。やりたくてもできないのに、できる、頑張れる、応援してると言われれば、単に意地の悪いプレッシャーになるのは明白です。

「あのチャレンジってさ、ホントに本人がやりたいと思ってやってるのかな」

24時間テレビを見ている時に相方が言った言葉です。

応援している方は頑張る姿にエールを送っていればいい。障害を乗り越えた姿に感動すればいい。

しかし、無責任に応援されても応えられない障害者もいるということは、理解してほしいと思います。

また、障害者を抱える家族もまた様々であることもあわせてご認識いただければ幸いです。苦難を一緒に乗り越えたとか、番組ではもの悲しい旋律と共に悲痛なレトリックで語られがちな「障害者の家族」ですが、日常の中に身体が動かせない障害者がいる生活が普通な方からすれば、大変な事はありますが別に不幸なことでもなんでもありませんし、誰かに感動してもらえるような事もありませんから。

 

なお、たい平師匠がゴールした前後、父より「艦これE-1がまだクリアできないんだけど」という深刻なメールがやってきました。

どうやら父は夏イベ完走できそうにありません…。


赤蟹

スベスベマンジュウガニ並みに猛毒を吐きまくる赤い蟹の人。「てらどらいぶ」の裏ボス。サイト管理とコーディング、デザインなどを担当。文章を短くできないのが悩み。

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