【長谷川豊問題】ソリタの話 マスコミの話


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赤蟹さんに「団長も長谷川豊の問題について書け」となぜか命令形で言われたので、不本意ながら私の大学時代の思い出をお話します。少々感傷的かつ感情的な文章になってしまいましたが、このような書き方をしたほうが伝わりやすいかなと思います。少々脚色しています。ドキュメンタリーではありません。事実を元にしていますがフィクション要素が混ざっています。文体がクサいのはお見逃しいただければと思います。


大学一年の頃、私はある医療品取扱業者でアルバイトをしていた。主な仕事は商品データーベースの作成、つまり手書きで作られていた帳票をデジタルデーターに変えるという仕事。こういうと格好良く聞こえるけど、リストを見て書き写すだけの単純な打ち込み作業だ。就業時間中(と言っても大学放課後なので2~3時間くらいなのだが)はひたすらパソコンの前で打ち込み。当時はビジネスユースとしてPC-9801というパソコンが人気だったが、そのパソコンは98ではなかった。何という名前かは、もう記憶にない。

こんな打ち込みばかりやっている私だったが、週に2回だけ、この単純で終わりのない仕事から解放された。

解放と言えば聞こえが良いが、その開いた扉の向こうにあるのはまさに地獄であった。

「おい、ソリタ持って行くぞ」

担当の社員がPCルームに呼びに来る。私はため息をついて席を立つ。

社員と私、それぞれ運転席と助手席に座る。バンのラゲッジスペーズには大量のプラスチックタンクの山。

それが、「ソリタ」である。

バンが止まったのは小さな雑居ビルの前。小さなといっても、周囲のビルに比べてという事だ。何階立てかは忘れたが、エレベーターがある程度の高さだったはず。

ラゲッジの扉が開く。社員は先に、三階にある取引先に向かう。私達は両手に「ソリタ」を持って、その後を追いかける。追いかけると言っても、社員はエレベーターで向かい、私は階段で行く。

ソリタは、タンクにつき9L入っている。それを一つずつ両手に持つ。三階まで駆け上る。

そこはある特別な医療を行うための病院であった。医者に指定された場所にソリタを置く。もっとも、これで何度目かの運搬なので置く場所は分かっていたのだが。

次からは社員もソリタを持って階段をあがった。私も18kgの物体を手に提げて階段を往復する。

10回もすれば太ももが膨らみ、両手がギチギチ悲鳴を上げるようになる。しかし持ってきたソリタはまだ半分も運んでない。私も社員も、もう汗だくだ。病院についた時、クルマの前に戻った時、そのたびに首にかけたタオルで汗を拭い、ひたすらソリタを運び続けた。

終わった。重労働に筋肉は痛み、歩くのも億劫に思えるほど披露していた。

「ごくろうさん」

医者はいつも、冷えたショート缶のジュースをくれる。この病院には不要なものだが、私達のために用意してくれているようだった。

カーテンがひかれ患者の姿は見えないが、そこかしこに点滴のようなものが見える。

「人工透析クリニック」

入口のガラス戸にはそう書いてあった。

私はこのとき、人工透析なるものが、なんであるのか分からなかった。ただ、おそらく自分が運び続けた「ソリタ」がそれに用いられるものだろう、くらいの予想はできた。

医者は教えてくれた。人工透析がどういうものか。医療器流通の会社に入ったのは、たまたまであった。私自身は特に医療に興味は無い。そもそも医者嫌いであったし、病院というところも好きではなかった。

データーを入力する過程で、それぞれの薬の名前と薬価はおぼろげながら覚えていたが、その薬が何に使われるのかまでは知らなかった。

「ソリタ」も、リストの中に入っていた。しかし「ソリタ」がどのように使われているのか、知ったのはこのときが初めてであった。腎不全という病気を初めて知った。

腎不全は、当時は「成人病」と呼ばれていた。経験則的に生活習慣によって引き起こされるものであるという認識はあった。例えば、ラーメンのスープは全部飲むなとか、塩分の多いスナックは身体に悪いとか。

それらは腎臓に大きな負担をかけ、結果的に腎臓の機能を壊す。腎臓が壊れると適切な「尿」が作れなくなり尿毒症という病気を起こして、結果的には死に至る。だから腎機能をカヴァーするために、人工透析を行う。

「それって、患者さんがしょっぱいもの食べてるから悪いんじゃないんですか?」

当時の私は少年らしく、世間を知らなかったし、少年らしい傲岸さですぐに思った事を口にしていた。

そんな、今思えば生意気で小僧に苦笑いしながら、医者は言った。

「例えば同じように転んでも、骨が折れる人と折れない人がいる。同じ箇所を怪我しても、すぐ血が止まる人と止まらない人がいる。同じ吹雪の中を歩いても、風邪をひく人とひかない人がいる。その違いには様々な要因がからむ。骨が細いとか、血小板が少ないとか、風邪に対する免疫が低いとか。それは生活習慣によるものかもしれないし、遺伝によるものかもしれない。遺伝ではない理由でそうなっているかもしれない。ともかくその時に怪我をしたり、病気になった人には原因はあっても病状が出るかは基本的に不可抗力だ」

「それと同じで腎不全も腎臓が弱い人だから発症したんだよ。同じような食生活をしていても腎臓を悪くする人もならない人もいる。悪い人はたまたまなったのかもしれないし、大丈夫な人もたまたまかもしれない。それは、患者さんが決められることじゃない。誰だって、病気になるのはイヤだからね。まして、長い時間人工透析という治療で拘束を受けるならなおさらだ」

「患者さんだって、あの時ラーメンばかり食べなければ、とか思っている人もいるだろうけど、病気なんてなってみなきゃ分からないんだよ」

君はまだ若いし、身体も大きいし健康そうだ。だから大きな病気になるなんて思っていないだろう? そうみんな思っているんだ。そしてある時、病気であることを知らされるんだ。医者はこう続けた。

「そしてこの病院に来ている患者さんは、君が運んできてくれたソリタのおかげで人工透析が受けられる。君は患者さんの命を運んだのも同じなんだ。つまらない仕事かもしれないが、誇りをもってごらん」

ジュースを飲み終わった私は、医者の話が一段落したところで病院をおいとました。

帰りにクルマの中で、社員の人が言った。

「人工透析を受ける人達がいるからこそ、俺達はソリタを運んで売って稼げる。世の中には、命と引き替えにお金を取るのかと怒るヤツがいる。俺もそういうヤツを知っている。医者が儲けるのはけしからん、薬品会社は利益を出すために身体に悪い薬を売っている、危険なワクチンを国と一緒になって無理矢理注射しようとする。そうやって儲けているんだと。医者も俺達も、患者を治すという仕事のためにやっている。それはもっと褒められるべきことなのに、こういう事を言うヤツが多いんだよな」

なんでですか、と聞いた。

「人ってさ、自分の仕事の事はよく分かっても、他の人の仕事は分からないだろ。俺だって医療品会社でしか働いたことがないから、飲食店の店員がどんなことをしているのか知らない。料理を運んでる事は分かっても、開店前や開店後になにをやってるかまでは知らない。そしてなぜか、自分の仕事は崇高なものと思いつつ、他人の仕事はラクだ、くだらない仕事だ、なのにあんなに儲けてると思っちゃうヤツがいるんだな。特にマスコミってところに多い」

社員は有名な某大学出身だ。おそらく同級生に、そういう業界に行った人がいるんだろう。

「俺達だって食わなきゃいけないし、家族を養わなけりゃならない。ちょっとした小遣いで酒や煙草を買って人生を楽しむ。そんなお金があってもいい。それはどんな仕事をやっていても同じのはずだ。だけど医療ってところは善意という前提でなりたっている場所だから、少しでもその価値観…これは彼らが判断する基準だが、それに反れると「悪」と決めつけて叩こうとするんだよ。そのように世の中に潜む悪を暴き出し、白日の下にさらすのが、自分たちの仕事だと彼らは思っているんだ。だから医療は目の敵にされる。良いことをやってるはずの人間なのに、こんなに悪い事をやっている。話のインパクトは大きい。週刊誌では編集長賞とかあげた記事によってボーナスが出るそうだ。善悪の高低差が大きいほど国民は驚き騒ぎ出す。起きる騒動が大きければ大きいほど、その雑誌の社会への影響力や価値があがる。そして広告料とかスポンサー集めが有利になるって寸法さ」

多分、こんなことを教わったような気がする。なにしろ二〇年ちかく前の話だから、今となってはおぼろげにしか覚えていない。なので、今の私が、今の人達に分かりやすいように翻訳した。

その社員は医療の仕事は偏見を持たれやすいこと、仕事としてやっているのだから恥じることはないこと、結果として患者を救っているのだから良いではないか、ということを教えてくれた。今覚えばそれは彼の自己弁護であったかもしれないし、大人の社会や経済を経験していない19歳の自分には難しい話でもあった。

ともあれ、これが20代後半の社員と、19歳のバイトの間で交わされた話である。

そしておよそ二〇年経った現在。

「肝不全は自堕落な生活の結果。全額負担させるか殺せ」と、41歳のアナウンサーがネットで叫ぶ。

「壁を殴って腕を折った自業自得のヤツより、難病を患っている子供に医療費を使え」と43歳の芸人がうそぶく。

「取材でいろいろ聞いている。医療の闇は本当に深い」と40代のライターがSNSに書く。

「殺せという言葉に感情的になりすぎているのではないか。彼は問題提起しているだけだ」とどこの誰ともしらないマスコミ関係者が言う。

世間知らずの19歳だった自分が思った下らない話を、その時の私の倍は生きている人達が言っている。

20代の社員に教えてもらった話を、その時の私の倍は生きている人達が貶めている。

自業自得だと医者が言った。10人の医者が言った。アナウンサーは言った。だけど彼らは「ソリタ」という人工透析に使う薬の名前すら知らないだろう。

19歳の私に人工透析というものを教えてくれた医者はたった1人。もしかしたら、あの医者がマイノリティだったのかもしれない。しかし、患者を自業自得と思って治療しているのなら、マスコミが規定する「善意」という前提はどうなってしまうのだろう。

医療を取材した人が抱いた闇とはなんだろう。人工透析の費用が国持ちであることだろうか。もし私がその取材者であったなら、自分の患者を自業自得と言う、そんな医者が存在していることにこそ闇を感じる。

しかし彼らは、そんな闇のような医者の話を信じ、まるでそれが医者の総意であるように言う。それは社員が語っていた、マスコミ人特有の功名心が駆り立てるなにかなのだろう。

問題提起をしている。確かに社会保障は今後より大きな負担になるだろう。しかし、透析を受けている患者は健常者に比べて寿命が短くなる。当然だ、そんなに身体に負担をかける治療を死ぬまで続けなければならないのだから。1.5兆円かかっているという人工透析の費用は莫大かもしれないが、彼らが老後に受けるべきであろう社会保障を前倒しで受けていると考えればおかしな話ではない。医療に携わっていれば理解できる話である。彼らは医者から、いったい何を聞いてきたのだろうか。

その時のために、給料から保険料を天引きされ、年金を徴収されているのだ。なのに病気になったら自己負担というのは、道理が通るわけがない。例え壁を殴って骨を折ったとしても、彼には壁を殴らなければならないなんらかの理由があったのだろうし、それがどんな理由であれ治療を受ける権利はある。

そう、誰にでも、どんな病気でも、どんな原因でも、どんな年齢でも、医療を受ける権利は日本国民全員にあるのだ。そのコストを払っているのだから、当たり前だ。そんな道理も分からない人間が、少なからず影響力を有する人間が、マスコミで活躍している今の日本の現状こそ闇ではないのか。

むしろ、社会保障の問題は大きいだろうが、人工透析の是非よりも解決しなければならない問題はたくさんある。それは当然、「殺せ」だのと攻撃的でエモーショナルな言葉で、言い換えれば40を過ぎた大人がいうべきではない言葉を使わなくても議論できる事だ。

彼らは分かっているのだろうか。自分たちの不用意な言葉で、人工透析を受けている人間が自業自得であるという認識を広めてしまったことに。そして、少なからず弱者への悪感情を持っている人達の攻撃心を喚起してしまったことを。なにも解決できないヘイトだけを生み出してしまったことを。

だが、彼らは分からないのだろう。19歳の私がおぼろげながら理解した話を、40年も生きたにも関わらず、彼らは理解できないのだろう。

いずれ彼らは自分たちを殉教者や聖人のように考えるだろう。大きな力で、圧力で、仕事を奪われたと訴えるだろう。自らの考えが間違っているとは思わず、少数の賛同者の言葉を頼りにして、まるで自分だけが秘宝を発見したかのように、もしくは社会に隠された陰謀を知ったかのように思い続けるだろう。

 

 

マスコミは医療の闇を暴こうとする。だが、自分たちの闇には光を当てない。

そういうマスコミの下で、我々はずっと、暮らしてきたのだ。

 


すいません、オチはないです。こういう話を聞いた、ってことをつらつらと書いただけなので。なんとなく脚色くさいところはありますが、それも含めてなにか感じてもらえればと思います。

ではでは!(←真面目な話を書いたので照れくさい)

(文/団長)


団長

「てらどらいぶ」管理人。 ゲーム開発のディレクター、動画配信サイト管理人のプロデューサーなどを歴任。 心のゲームは「ウィザードリィ」と「ザナドゥ」。ドラクエとFFならドラクエ派。

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