【終活】父の手続きと「らき☆すた」と忌引き


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他界した父の年金や生命保険関連の手続きに必要な書類をもらいに久喜市鷲宮総合支所に行ってきました。
めんどくさい名前になっていますが、元鷲宮町役場です。

「らき☆すた」のオープニングに登場したということで有名になり、聖地として祭り上げられた我が故郷鷲宮町ですが、2010年には隣接する久喜市、栗橋町、菖蒲町と合併し「久喜市」の一部と成り果てました。
それ以前には鷲宮と隣接する久喜市、幸手市との合併話もあったのですが、新市名を「桜宮市」としたところから久喜市民から反発を受けて合併を断念した経緯があります。なぜ久喜市民が反対したかと言えば、元より久喜と幸手の住民がなんとなくソリが合わない事、新市名に久喜市を象徴する文字がなかったこと(「宮」は鷲宮神社、桜は鷲宮神社同様に「らき☆すた」のOPにも登場した幸手の権現堂堤からの着想)にからです。

「桜宮市」ってとってもステキな名前だと思いましたが、周辺の自治体よりは発展しているという自負のある久喜市民としては受け入れられないことだったのでしょう。でも久喜ってインターチェンジとヨーカドー以外になんもないですよね??

「平成の大合併」の議論がピークを迎えた2000年頃には、「合併しないと鷲宮の赤字は膨らみ続けていずれ財政は破綻する」という脅迫めいた自爆宣言と共に周囲の市町との合併の是非を問うアンケートが鷲宮町内の各ご家庭に配布されるという恐ろしい事態も発生。当時は「らき☆すた」ブームもなく、これといった産業も商業施設もない鷲宮町は、すでに自活できる力すら失っていたようです。
町民(当時)としてはもう少し頑張ってほしいと思ったのですが、平成の大合併を含む三位一体改革(笑)による地方交付税の大幅削減などもあり、独立して存続することは難しかったのでしょう。

と、うっかり鷲宮町がなくなった事情についてかいつまんで説明してしまいましたが、ともあれ父の死後の手続きのために元鷲宮庁舎に来たのです。

そしたらご覧のりさまで、エントランスは「らき☆すた」だらけ。

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「久喜市の特産品(魅力いっぱいのこだわり商品)を展示しています」としながらも「らき☆すた」推ししまくる元鷲宮町役場のストロングスタイル。左の垂れ幕は商店街をはじめ町内各地の街頭に下がっているもの。中央下は鷲宮が聖地化されたきっかけとなった「らき☆すた」のOPのシーンです。

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ショーケースの中には魅力いっぱいのこだわり商品が展示されています。矢納製菓の神楽煎餅や「らき☆すた」ライセンス商品のツンダレソースはいいとしても、つかさとかがみのイラストがついた特別住民票は果たして魅力いっぱいのこだわり商品の中に入れていいのでしょうか?(笑)

…と、久々の鷲宮っぷりにクラクラしたのですが、肝心な手続き関連は死亡届を提出してから戸籍が抜けるまでに一週間ほどかかるそうで、26日に他界した父の場合、はやくとも11/2(すなわち本日)にならないと戸籍謄本がとれないようで。戸籍謄本は年金の受給停止等の申請のために必要なので、同時に年金関連の手続きも全てペンディングとなりました。

ところで多くの会社では、肉親の忌引きはだいたい一週間となっています。しかし、一週間じゃ年金の手続きもできないのですが…。

兄弟が多く、また既婚者が多かった時代ならまだしも、最悪自分一人で親の諸手続きしなければならない状況も増えつつある現在、とてもじゃないけど一週間では終わりません。企業側としては働かせたくて仕方ないのでしょうが、高齢化社会を向かえホスピスという考えも定着しつつある中で、親の死を迎える立場となる多くの労働者にもう少し時間的猶予を与えるようにならないといけないのではないでしょうか。

特にうちのように、午前中は普通に生活していて、昼寝の最中に心臓が止まってしまったような「急死」の場合、多少終活していた程度では圧倒的準備不足で時間的猶予もありません。

ホント、ニートで良かったです。仕事している時だったら、とても対応できませんでした。

このあたりは、もうちょっと落ち着いたらまとめます。

(文/赤蟹)


赤蟹

スベスベマンジュウガニ並みに猛毒を吐きまくる赤い蟹の人。「てらどらいぶ」の裏ボス。サイト管理とコーディング、デザインなどを担当。文章を短くできないのが悩み。

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