団塊世代の子供たちは、そろそろ親の死を考えなければならない


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10月26日に父が他界しました。

25日に母と一緒に昼食を食べ、日課の食器洗いをした後、水戸黄門を見ながらパソコンで遊びつつ、そのまま心臓が止まってしまったそうです。
救急車を呼び、心臓マッサージやAEDを使った甲斐もなく息を吹き返さず、手術のおかげで一応自力で呼吸ができるようになったものの、機械的なサポートを受けても血圧が下がり続け、倒れて13時間後に午前3時に脈拍が止まりあの世へ旅だっていきました。

とても悲しかったですが、家族全員に看取られたので、父としても、家族としても良かったのではないかと思います。そこまでなんとか生きながらえさせてくれた病院の先生には感謝しかありません。

父はもとより筋肉の病気を患い、約30年ほど四肢の筋肉が衰えていくという障害に苦しんでいました。その後糖尿病を患い、インシュリンを打ちながらの生活でしたが、最後は動脈瘤からの心原性ショックという、簡単に言えば心臓発作で死んでしまいました。

家族としては長らく患っていた筋肉の病気でいつか死ぬと思っていましたが、予想外の死因に動揺が隠しきれませんでした。

車椅子を拒否し、最後まで自分の足で歩くことにこだわっていた父ですが、身体の限界でも意地でも歩き続けたのは、一度歩くことを拒否すると、二度と立てない身体になってしまうからです。
いずれにせよ、病気の進行が進めば父が寝たきりになることは必至でした。家族に迷惑をかけたくないという気持ちで、衰えていく筋肉を使い続けることにこだわり続けた父でしたが、最後は希望どうりボケることも寝たきりになることもなく、そして苦しむこともなく最期を迎えました。

なお、艦これを遊んでいたのも、実はボケ防止の意味合いもありました。反復ルーチンでも戦術を練ったり資材の管理をするなど、それなりに頭を使う要素もあったので、それで熱心にやっていたというところもあったようです。
艦これでゲームへの自信がつき、リアルタイムゲーム(World of Warships)を遊ぼうとしていた矢先の事ですので、なんとも残念なことではありました。

 

■誰の親もいつかは死ぬ

そんな身体の父でしたが、私は十年はもたずとも少なくとも数年は大丈夫だと思っていました。

男性の平均年齢は80歳。なんとか平均年齢まで生きられたら干支がもう一回りするまでは大丈夫なはずでした。
しかし重篤な障害者は、医療がどれほど進もうと、やはり長生きするのが難しいのです。

先日、長谷川豊なるフリーアナウンサーが「人工透析患者は殺せ!」と過激な発言を行い物議を醸しましたが、機械的なサポートを受けてようやく生きられる人間が、長生きするのは難しいのは分かるはずです。そのような方々をさも社会保障費を浪費する存在のように言い散らす長谷川豊は実に不勉強としか言いようがありません。

医療費のサポートを受けているかもしれませんが年金はどれほどもらえるのか、という話です。

子供の「親はあと数年は大丈夫」というのは、実は永遠と同じです。その時を迎えるまで、親はいつまでも生きていると「勘違い」しているからです。それは障害を負ってようが、どのような状況であろうが一緒でしょう。つらい介護がいつまでも終わらずつらい思いをされているとか、親との関係がよろしくないなど、家族によっていろいろな思惑はあるでしょうが、大多数の「子供」達は親を大切に思っているかと思います。

父はいわゆる団塊の世代でした。先ほども書きましたが、現在の日本人男性の平均寿命は80歳。団塊の世代は、まだ死ぬには早すぎる年齢と言えます。

実家は30年以上前の分譲地で、周辺の世帯も途中で中古購入などを省けば、だいたい父と同じく団塊世代の方が購入し、そのまま終の住処と思い暮らしています。
そのような周辺の世帯を見ても、60代~70代前半で亡くなる方は少なくはありません。多くの死因はガンや糖尿病による合併症、心臓関連、脳卒中などです。ガンや糖尿病は長い闘病生活を経た後に亡くなる場合が多いでしょうが、心臓や脳の障害は突然やってきます。父のように。

しかも、それは思いもよらないタイミングでやってきます。

今でこそ60代、70代で亡くなると「まだ若いのに」と言われがちですが、医学がどれほど進もうが人間の肉体や神経の「限界」はそれほど変わりません。

各年齢ごとの死亡率を見ると、男性の場合50代後半から増え始め、65歳を過ぎたあたりで死亡率があがっていることがわかります。女性も75歳から急激に死亡率があがるので、実は団塊の世代だから、あと10年くらい生きるだろうというのはあくまで幻想であり、持病などがある場合は決して亡くなってもおかしくない年齢だと言えます。

万一の恐れは、どれくらいの割合である?(公益財団法人 生命保険文化センター)

なので、団塊の世代を親に持つ子供達、団塊ジュニアから氷河期世代までの人は、リアルにいつまでも親が元気でいる「だろう」と考えてはならない世代に突入している…と言えるかもしれません。

 

■家族逝去時にかかる出費と、思い知らされる「終活」の大切さ

親が死ぬと、それだけでも悲しいのに、葬儀屋の手配、葬儀の打ち合わせ、エンバーミングの話、通夜、告別式、そして火葬と瞬く間に殯が過ぎていきます。父の場合、ここまでで4日間です。

その後、役所に死亡届を出し、戸籍と住民票関連の手続きを行い、亡くなった親族が加入した年金機構に連絡して停止、加入している場合は生命保険会社にも連絡する必要が生じます。金融機関への届け出も出さなければなりませんし、電話や電気、ガスといった死んだ親族の名義や口座引き落としとなっている各種サービスの変更手続きも必要です。

また個人に紐付けられたクレジットカードなどの退会・停止も行わなければならず、同時のそのクレジットカードを使って定期的なサービスに加入していないかの確認もしなければなりません。父の場合、艦これをやっている関係でDMMに加入していましたので、そこでの履歴なども確認する必要がありました。

その一方で四十九日の法要に向けての打ち合わせや遺産相続の確認(特に不動産や株式口座を持っている場合など)などの必要となるので、葬式から向こう二週間くらいはみっちり予定が入りこむことになるでしょう。

うちの場合、仏壇も墓地も母の希望で早めに揃えることとなったので、その打ち合わせも入ったことで多忙を極めました。

父のような急死の場合、特に葬儀屋の手配が一番大変ではないかと思います。どこの葬儀屋にすると決めていたとしても、他にも仏様がいれば、その葬儀屋のセレモニーホールなどが使えるとは限らないからです。

この点で助かったのは、父が「互助会」に入っていたことです。

現在は「終活」という言葉も生まれていますが、互助会に入っておくと葬式を含む冠婚葬祭の費用を積み立てられる他、葬式全ての相談や段取り、セレモニーホールの手配など行ってくれる他、墓地の紹介や仏壇仏具の販売、相続の相談や行政書士、司法書士の紹介まで一切をサポートしてくれます。中には「僧侶の派遣」も含まれていて、我が家のようにどこのお寺の檀家にもなっていない家(かつ、今後も檀家になる予定のない)には助かるサービスもあります。

もちろん、仏壇仏具、お墓などは別の場所でお願いすることもできますし、知り合いに士業の方がいればそちらにお願いすることも可能です。しかしうちのように分家で仏壇もお墓もない、士業の友達はいるけど神奈川方面といった場合、伝手がないのでその時点で詰んでしまいます。

そういう何も用意していない時こそ、互助会という頼れる存在があると助かります。

また、互助会に入る最大のメリットは、「親族が急死した場合、どこに連絡をすればいいのか明確」ということです。

病院で死去した場合、即座にベッドを明けなければなりません。死亡後の処置はしてくれますが、その後は病室とは別の部屋に安置されることになり、早急に葬儀屋に連絡して遺体を移動させることが求められます。

仏様が病院にいられるのは、数時間、長くても半日ということになります。その期限内に死亡診断書をもらって葬儀屋に遺体の搬送をお願いしなければならないのです。

冷たいように思えますが、ベッド数、部屋数が限られている以上、仕方がないことです。特に「死」に近い場所である集中治療室など貴重なベッドはいつまでも占有できませんし、なにより他人の死の気配を嫌う患者やその関係者もいることでしょう(当たり前ですが)。

互助会に入会していれば、ここに電話すれば1時間程度で搬送車が来てくれます。これだけでも遺族はものすごく助かるな、と実感しました。ただでさえ身内が死んで悲しいのに、期限内に病院から運び出さないとならない、と言われると恐ろしく混乱します。

父の場合、自分が死んだ時に備えて、自分が加入している年金機構や生命保険、口座などを書いたシートを用意していました。当然、ここに互助会の連絡先も書いてありました。自分が死ぬ事を考えるのはイヤですが、万が一の時のために、このような連絡シートを作っておくのも良いかと思います。互助会がサポートをしてくれると言っても、さすがに口座や生命保険、年金の手続きまではやってくれませんので。

最近では「終活なんてくだらない」「葬式なんてやる必要はない」「死んだら骨は樹の下に埋めてくれ」という意見もあります。私も父が死ぬまでは「葬式はいらない、墓もいらない、永代供養の共同墓地でいい。終活?なにそれ?」と、同じように考えていました。しかし自分の父が死んでみると、伝統的な葬式や弔い方にも意味があるのだと気づかされますし、前述のように父が死んだ時のために用意していた様々な書類が大いに役立ちました。

母も、もともと葬式は質素で墓はいらないという考えでしたが、結局は葬式もそれなりのものになり、仏壇もなんだかんだでいいものを買ってしまい、お墓もミドルグレードのものを買ってしまいました。互助会もできれば安く済ませるという方向で動いてくれたのですが、結局母がもろもろ納得できずにどんどんグレードがあがっていってしまいました。

正直、うちのどこにそんなお金があったのかと驚くばかりでしたが、母自身の気持ちの整理とか、父への感謝とか、いろいろな感情のやり場として葬式やお墓があったとするなら、それはそれで良いのかなと思いました。

宗教観や価値観の問題になるので何がベストとは言えない問題ですが、母や私達遺族としては、「伝統的な仏葬に落ち着いた」という結論に達したということです。何かのご参考になればと思います。

なお互助会に入っていると、会員価格でサービスを受けたり、仏具が購入できたりもします。そういう意味でも、互助会は入っておくと便利だと感じました。葬式をあげたり、お墓を建てるつもりがあるなら、入っておいても良いかと思います。残された遺族の負担もかなり軽くなりますし。

なお、我が家が頼んだ互助会の葬儀担当の方も艦これ提督だったようで、父のお棺に艦これグッズを入れてくれました。

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我が家も父の宝物だった艦これファミ通や…

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父がやりたがっていた艦これアーケードのカード(父の秘書艦と間違って近代化改修に使ってしまった赤城のセット)を入れたところ、担当の方が用意してくれたのです。

こういう細やかな心遣いは、遺族としても嬉しいですよね。艦これですけど。

 

■親より先に死なないよう、自分も気をつける

最近、30代~40代の急死、社会死が急増しているようです。

平成大不況から貧乏神に取り憑かれてきた団塊ジュニア以降の世代ですが、ここにきて死神にも憑かれたということでしょうか。

現在の社会人生活はある世代以降に取っては非常に過酷なものとなっています。

OA化が進む中で業務が圧縮され、また資本主義が爛熟し、人件費が安い国家が周辺にできた結果、この世代は過密労働に追われ、サービス残業にいそしみ、不規則な生活で身体や精神を壊しつつあります。

私も過労死一歩手前であったため言える事ですが、生活を保つために従事している仕事で死んだら本末転倒です。

数年前からワークライフバランスという言葉が流行しはじめました。過酷な労働環境で身体を壊す人が増えていく中で、ようやく生活様式の見直しが進んでいくようになったのでしょう。

電通の女子社員過労自殺も、娘を喪ったお母様の姿はいたたまれないものがありました。
当の電通がどう考えているかは分かりませんが(これについては後の記事にしようと思います)、私はあの報道を見て、親よりは早く死んではいけないと思いました。

親より早く死ぬのは最大の親不孝です。現役世代もしっかり健康に気をつける必要がありますね。

長生きしましょう。私も失った健康を取り戻すために頑張りすぎない程度に頑張ります。

(文/赤蟹)


赤蟹

スベスベマンジュウガニ並みに猛毒を吐きまくる赤い蟹の人。「てらどらいぶ」の裏ボス。サイト管理とコーディング、デザインなどを担当。文章を短くできないのが悩み。

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