みじめな人生を送った中高年ほど、勝てる相手には横柄になる。


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このところひどい中高年(50~60代)に立て続けに遭遇している蟹です。こんにちは。

何か呪われているのか?と思えるくらい、このところ大変不愉快な中高年…というかオッサンを目撃したり、実際に被害にあったりしました。

例をあげます。

1.キャリアショップで店員にからみまくるオッサン

最寄りのキャリアショップに充電器を買いにいったところ、店員さんに因縁をつける、よれよれの安そうなスーツを着た中高年が。
「俺の個人情報流したでしょう?」「まさか○○(キャリア名)がそんなことしないよね?」「うんうん言ってれば許されていると思ってるの?」と、店員たちを威圧。相手にしないわけにはいかないので、私の担当者も
たまりかねて「今私の番なので、後にしてもらえませんか?」と注意したところ、一度は引き下がるも3分後に同じ事でグチグチ言い出す。再度注意したら退散。お店の人から感謝される。

「なにか心当たりはあるのですか?」と店員に聞いたところ、突然お店に入ってきて、各店員に支離滅裂な事を言ったり謝罪を要求したりしていたらしい。

こういうとき、どうして店員さんは何も言わないんでしょうね。心当たりのない事なら、明らかに営業妨害なので追い払っていいと思うのですが。店員自体も迷惑でしょうが、他のお客さんも迷惑です。特に私の場合、購入手続き中にケチをつけられて作業を中断されたので迷惑千万です。

 

2.歩行者を怒鳴りつけながら坂道を降りてくる自転車ジジイ

私が住んでいる地域は坂道が多く、注意深く自転車に乗らないと非常に危険。特に歩行者も多い道、多い時間もあるので、こういう時は徐行で慎重に運転しなければならない。(自転車兼用の歩道でも、歩行者の近傍を通る場合は徐行することが義務づけられている)。
その道路は高校から駅へと向かう道路で、特に夕方の下校時刻は学生が多く歩いている。そこへ、よれよれのスーツを着た、主に頭部が波平スタイルの中高年が自転車で坂道を下ってくる。制動する気もなく、ベルを鳴らしながら高校生達の群れに突撃。自転車に乗っていた私も端に寄せたが「お前ら俺の道を塞ぐんじゃねーよ!どけよ!」となぜか命令口調で怒鳴り散らして坂をくだっていった。

頭にきた私はそのまま自転車で追いかけて「今の言い方はおかしいではないですか?」と注意したところ「うるせぇバカ」と捨て台詞を吐いて逃走。

一つ間違えれば大事故を起こしていた可能性がある中、自分の欲求を優先して歩行者をどかした中高年サラリーマンの姿は非常に不快でした。

 

3.いわれのないクレームで命令してくるスクータージジィ

自転車に乗っていたところ、突如スクーターに乗ったジジィが停車。「ここは一方通行なんだよ。逆から来ると危ないんだよ」と忠告。確かに狭い道で一方通行だったが「軽車両は除く」と書かれていたことをチェク済み。めんどくさいので「ああそうですか」とやり過ごして走ろうとしたところ「ああそうですかじゃねーんだよ!バカ!引き返せよ!」としつこく言ってきたので「じゃあ警察呼んだらどうですか?」と言い返したところ「わからねぇバカだな」と捨て台詞を吐いて去って行った。

仮に一方通行だとしても「危ないよ」の一言で済ませればいいものを「引き返せ」などと命令口調で言ってくるのが非常に不愉快です。少なくともバカと言われる筋合いはありません。

 

4.満員電車が我慢できない暴力ジジィ

金曜日の遅い電車に乗っていた時。飲み会や会合で遅くなった人達で混み合う電車の中で事件は起きました。

ぎゅうぎゅう詰めで乗っていたのですが、ターミナル駅でお客が一斉に下りた直後、おそらく60代だと思われる人が突然横にいた人の足を手にしていた傘でバシバシと叩き始めたのです。
押し合いへし合いの中で不愉快な思いをしたのでしょう。その怒りが抑えられず暴行に及んだようです。叩かれた方は40代前後らしい人。少なくとも傘振りジジィよりは若く見えます。

三回ほど叩いてましたが、叩かれた方は特に気にする様子もありませんでした。電車の乗り降りでたまたまぶつかった程度の認識だったと思います。

これは明らかな暴力行為です。押されたとかぶつかったとか、満員電車ではありがちな事であり、よほどのことがなければいちいち怒るようなことでもありません。少なくとも叩いた40代男性よりもそのジイさんは長く電車に乗り続けているわけで、さらに言えば金曜日に混み合うことなんて当然のように理解しているはずです。

最近50~60代の駅構内暴力事件が多発していると聞きますが、まさにその現場を目撃してしまったのです。

 

■急増する高齢者クレーマー

最近のクレーマーは非常に中高年の比率が増えていると言います。
私の友人の話によれば、「50代男性とか40代女性とかの業務とは直接関係ない噛みつきクレーム」が急増し「クレームをつけることが目的のクレームや、電話口の相手が対応できない内容であることを理解した上でいつまでも粘着する中高年」が多いという話です。

さて、2015/1/20の日本経済新聞電子版でこんな記事が掲載されました。

「お客様は神様」じゃない 猛威振るう反社会的消費者(日経新聞電子版)

サービス元の企業・店舗を舞台に暴力的なクレームを叩きつける「反社会的消費者」の問題を取り上げていますが、一方でそのような理不尽なクレームを入れるのが「圧倒的に男性高齢者、「はっきり言えば団塊の世代」」と明言しています。

もちろん、大半は正当な問い合わせだろう。が、日夜、店頭や電話で厄介な苦情に悩まされている社員たちからは「面倒なクレームを持ち込むのは圧倒的に男性高齢者、はっきり言えば団塊の世代」との声が上がる。

「時間はあるし、一昔前のお年寄りに比べ元気。一方で会社中心主義の人生を送ってきたため、女性に比べ地域に居場所はなく孤独でもある。彼らが持て余したエネルギーを最もぶつけやすいのは企業。特に逃げ場のない顧客相談窓口は格好の“標的”になる。実際、厄介なクレームは団塊が大量退職を始めた時期から一気に増えた」

要するに会社というコミュニティを失った結果、地元に人間関係を形成できず、また一家の大黒柱としての立場を失い、家庭でも孤独になりつつある高齢者男性が急増したということでしょう。

ここから見えてくることは「自分が安全かつ立場が上になれると思っている場所から盛大にパンチを打ち下ろしてくる壮絶な八つ当たり」をしてくる老人が増えたということです。立場が上になるというのは、「お客様である」というのもあるでしょうが、若い奴が老齢の自分に従うのは当然だ、と考えるねじ曲がった「被」敬老精神の現れでもあります。

同記事にもこのようなメンタルの老人による新手のクレームが紹介されています。

ある健康機器メーカーの顧客相談窓口にその電話がかかってきたのは2014年夏のこと。声の主は60代後半の男性で、「1カ月前に購入した血圧計が故障した」というよくある苦情だった。(中略)

再び電話が来たのは1週間後。交換した商品にも不良箇所があったのではと気をもんだ担当者だったが、男性の口からは思いもよらぬ言葉が飛び出した。「商品は受け取りました。では次に、なぜ不良品が発生したのか原因を特定し、報告書を提出してください」。

話を聞くと、この男性は大手メーカーで品質保証部門の責任者を務めた経歴があった。そのためモノ作りの現場には詳しく、原因を一通り説明しても「そんな品質管理はあり得ない」「検査工程にこうした課題があるのではないか」と一歩も引かない。何度もやり取りを重ね、やっと納得したと思ったら、「次は、今後の対策をまとめていきましょう」と言い出した。

この事例ほど極端ではないにせよ、この会社では、高齢者による同様の“穏やかなクレーム”がここ数年、急増しているという。社内では「上司気取り型クレーム」「昔取ったきねづか型クレーム」などと呼ばれ、警戒されている。

会社員だからこそ価値があった「自分」に気づいた老人が、その心の拠り所をクレームに求めるという、現役世代にはたまったものではない話です。おそらくクレームを入れている老人からすれば「若い奴に教えてやってる」という気持ちでいるのでしょうし、面倒くさいにもほどがあります。

このような中高年の過剰なクレームに悩んだ若者が精神的なダメージを受けて再起不能になるケースも増えているようです。

会社員の鬱病は年々増加し、厚生労働省によると躁鬱(そううつ)病を含む気分(感情)障害の国内総患者数は2011年には95万8000人と12年前の2倍以上に達した。その一因は、店頭から顧客窓口まで、企業における顧客対応が困難になっていることにあるとも言われている。

この記事では、このような中高年のクレームが増えた原因に、「格差社会が広がって反社会的(暴力や暴言に訴えること)消費者が増えた」としています。

一方で、最近は中高年にかける社会保障費の高さが議論の対象となり、特に決して安くない金銭的負担を強いられる現役世代の間で不満が広がっています。

彼らの不満は、単にお金を拠出するだけではありません。現役世代、少なくとも40代前後以下の人間が社会に出てから味わった大不況時代に比べ、格段に経済状況が良い時代に生まれ、好況の極みにあった時代に社会に出た50代以上の人間が「裕福」であるためです。

世代間闘争は不毛であるという意見には同意しますが、それでも生きた時代の良し悪しは個々人の人生のあり方を決めます。現役世代からすれば「良い時代に生きた人達の老後を、なんで苦労してきた自分たちが保障しなければならないんだ」という感情の高ぶりを抑えられないのも仕方ないところだと思います。

となると。中高年は少なくとも現役世代よりも経済的には裕福であるはずです。前述のように個々人それぞれの経済力の差はあるでしょうが平均的に見れば後ろの世代よりは資産も社会保障も上のはずです。少なくとも長い年月を生きているわけで、その間に積み上げた様々な資産というものがあるはずです。

しかし、そんな中高年に「格差社会が広がっている」というのです。

その「格差」とは、どこを比較したものなのでしょうか。同年代と比べてでしょうか? それとも社会全体との相対でしょうか?

この記事だけでははっきりしませんが、少なくともみじめな経済状況に追い込まれた中高年が相当数おり、そのようなダメ人間が現役世代を追い込み、精神病の原因になっているという由々しき事態をこの記事はつまびらかにしています。

 

■中高年が若者を威圧し従わせようとする現状

反論をしない企業に対してクレームを入れるように、若い世代に理不尽な要求をする中高年も増えました。これも彼らが置かれ続けた状況から生まれた怨嗟が噴出したものではないか、と私は見ています。

日本の社会は、レールから一度でもドロップするとリカバリーが難しい社会であると言われています。なんらかの理由で順調な人生から外れ、特別な能力も技術も取得しないままに再就職もままならない年代に達すると、労働集約の非正規人生まっしぐらとなる事もあります。
そこまで落ちぶれなくても、例えば出世競争で同僚に敗れたとか、上司に冷遇されて左遷されたとか、所属する会派まるごと社内政治に破れて居場所がなくなったとか、長い社会人人生の中で悔しい状況というものに陥る人は少なくないと思います。

社会への不満や憤懣は、年を重ねるほど、みじめな状況が続くほど心の内側に蓄積されていきます。このような誰へのものとも言えない「怒り」が、お客様に逆らえない企業や、ルールを破った(と彼らが勝手に思い込んでいる)他者や、若者へと向かっていくのです。

他人に要求を飲ませるという行為は、それそのものが上下関係を形成する要素となります。普段誰かに、もしかしたら自分よりも若い人間にアゴで使われ、従属する苛立ちを募らせた彼らは、その鬱屈を常々誰かにぶつけたいと考えています。故に彼らの要求は上から目線で命令的であり、時には要求を呑ませようと暴力まで行使するようになります。だからこそ、自分が勝てそうな相手を選んで「怒る」のです。

これは、冒頭であげたダメな中高年の格好からも分かります。明らかに経済的に恵まれていない、もしくはスーツなどの面倒を見てくれる配偶者がいないであろう人達なのは一目で分かります。そういう人生しか歩めなかった中高年が、どこかで誰かを相手に「命令」し、自分の尊厳を守ろうとしているのです。

自己責任論に帰したくはありませんが、現状というのは自分が選択しつづけた結果でもあります。彼らの怒りは一見社会正義を体現しているように見えますが、その実自分の不首尾や理不尽な怒りを誰かにぶつけているだけに過ぎません。

ぶつけられた方は災難以外のなにものでもありません。

 

■恵まれない人生を救うのは良好な人間関係

確かに私も上司との折り合いが悪く、社会人としては多々苦労してきたところがあります。

しかし、それでも「私」という人格や能力、実績を好んでくれる人達がいて、今のような状況におかれてもなお手を差し伸べてくれる人達がいます。

それは学生時代の友人であったり、ご近所さんだったり、元同僚だったり、取引先の人だったり、ネットで出会った人だったりです。もちろんそこに家族も含まれます。

このような自分を取り巻く人間関係が良好であれば、実はそれほどみじめな思いをしないで済みます。

労働集約の派遣に送られてくる中高年の方、特に40代以上の男性は、プライベートでの友人が少ない人達がほとんどです。良好な人間関係を形成できなかったため、いざという時に頼れる伝手がなく結果として残念な人生を送ってしまっている人が多いように思われます。

90年代に大不況があったことや、国策として非正規労働者の範囲が広がってきたことや、日本社会の変化と無関係ではないので、これを一概に個人の責任にしてしまうのは酷と言えるでしょう。
しかし、人間関係はそれこそ個々人のものであり、国や会社、社会がなんとかできるようなものではありません。

終身雇用時代の男性は、会社にだけコミュニティがあれば大丈夫でした。しかし終身雇用神話が半ば消え去り、生き方も流動的となった昨今では、様々なところとつながりを持たなければ生き残れない時代となってしまいました。

もっとも、人間関係のセーフティネットの形成に失敗したとしても、何らかの方法で人生をよくする方法はもしかしたらあるかもしれません。しかし、それは企業に面倒なクレームを入れるとか、ルールに違反した人に詰め寄るとか、若い人に噛みつくような「迷惑行為」ではないはずです。

そのような事も分からないから、みじめな人生を送っているのかもしれません。少なくとも冒頭にあげた人たちは、もはや手遅れと言えるでしょう。彼らのような人間と「友達」になりたいと思う人がいるとは思えないですし。

誰もが年をとっていきますが、孤独で「弱いものいじめ」しなければプライドが守れないみじめな老人にはなりたくないものですね。

(文/赤蟹)


赤蟹

スベスベマンジュウガニ並みに猛毒を吐きまくる赤い蟹の人。「てらどらいぶ」の裏ボス。サイト管理とコーディング、デザインなどを担当。文章を短くできないのが悩み。

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