【セガサターン生活】世間がFF15で大盛り上がりなので、あえて「白き魔女」を遊んでみる


10年ぶりにFFシリーズの新作、FF15が発売されたとかで、いつの間にかソシャゲに手向けられていた「本格RPG」の称号が久々にパッケージに戻ってきたような雰囲気になってる2016年11月29日。なんとなく「本格RPGの定義ってなんだっけ?リアルマネーでパーティメンバー募集する傭兵ゲームのことだっけ」と疑問に思っていた国産RPGファンも納得の展開ではないかと思います。

オープンワールド化したFFということで、(途中引退期をふくめ)10年近くFF11を遊んでいた身としてはなんとなく面白そうだなと思ったり思わなかったりです。

まあ、実家にいるためPS4がない環境で、残念ながら手が出せないのですが。

しかしパッケージRPGのビッグウェーブには乗っておきたいと思い、セガサターンの「本格RPG」を遊ぶことにしました。

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そこでチョイスしたのが、「白き魔女 もう一つの英雄伝説」です。右下の、今はなきハチのマークが郷愁を誘いますが、言うまでもなくハドソンのオリジナルではなく、日本ファルコムのPCゲームの移植版です。
ハドソンにはPCエンジンにイースや英雄伝説を移植した実績があり(あとファミコンにザナドゥも)、その流れでセガサターン版を移植したものと思われます。

英雄伝説シリーズの第三作にあたる白き魔女ですが、前作までにあった「ドラゴンスレイヤー」シリーズの系統には含まれないため、英雄伝説シリーズとしては第三作だけどドラゴンスレイヤーシリーズではないという特殊な立ち位置にあるゲームです。面倒なのでこのへんの説明はザナドゥ大好きな団長に任せますが、個人的な事情としてはPC-8801mkⅡSR(以降)で発売されなかったため遊べなかった英雄伝説であり、ファルコムと決別するきっかけになったソフトであります。ブランディッシュやロードモナーク、イースシリーズの続編はコンシューマーやWindowsで遊んだのですが、英雄伝説シリーズは白き魔女以降軌跡シリーズに至るまで一切遊んでいないので、私の恨みのほどが分かるというものです(?)。

…まあ、94年発売なので、88の時代は完全に終わっていたんですけどね。

そんなわけで、英雄伝説シリーズと22年ぶりに和解しようと近所のハードオフで購入。216円(税込)という、セガラリーやMYSTの二倍という価格設定にwktkがとまりません。

wktkついでにWikipediaを読むと、こんな記述があります。

PC98版の発売当時より「詩うRPG」をキャッチコピーとし、感動を誘うストーリを売りとしていた。2004年(平成16年)に発売されヒット作となった『英雄伝説VI 空の軌跡』は、学生時代に本作に魅せられたメンバーを中心として開発されたものであり、その開発メンバーには本作をきっかけとしてファルコムに入社し2007年(平成19年)より社長を務める近藤季洋も含まれている。また近藤にとって本作は、Win版の新規イベント作製で初めてシナリオに関わった作品でもある。

とまぁ、ファルコム史を大きく塗り替えることになる名作だったようです。白き魔女にハマっていた同級生も多数おり、よほど面白いんだろうなとは思っていましたが、そのプレイ感想がなお98を持っていない私のグヌヌにつながり、今にいたるまで英雄伝説シリーズと断絶する理由になったのは記すまでもありません。

なので面白くなったかったら壮絶にけなしてやろうと、かなり後ろ暗い気持ちで購入した次第です。なんでしょうね。我ながら大人げない。

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説明書を開くと、主人公のジュリオとクリス、そして担当声優の顔写真が。セガサターン版の発売は1998年。次世代機と呼ばれたプレイステーションとセガサターンのゲームが積極的に声優を起用し、90年代半ばから隆盛した声優ブームが極まりつつある頃でした。アイドル化しつつあった女性声優の起用がゲームの売上げに影響を与えることもあったので、説明書や表4に出演声優の顔写真などが載っていたり、ゲームのオマケモードで声優の映像が見れたりと、まあそんな時代でもありました。

それにしても、こんなアニメチックなゲームでしたっけ。もうちょっと絵画チックなキャラデザだった気がしますし、クリスの胴体、まるで内臓が入ってないかのように細いです。こんな肉体で冒険どころか普段の生活も大丈夫なのか、いらない心配をしてしまいます。

なんとなく不安になりながらゲームを起動します。

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しかし、ゲームがはじまってみると不安は一変。細かく描きこまれたクオータービューの画面を「おぉ!」と思わず簡単の声を出してしまいました。

キャラクターの動きも細かく、ゲーム製作にあたってのポリシーが感じられるグラフィックにいきなり期待が高まります。見た目がタクティクス・オウガっぽいですが、オウガのおかげ(?)でクオータービューが流行ったことを考えれば似るのは仕方ありません。

ただ、PC98版は普通の見下ろし画面だったはずなので、ゲーム性や演出などは大きく変わっていそうな気がします。Wikipediaにも「独自性が強い移植」とありましたが、初見で納得しました。

セリフのワードセンスも非常によく、同時期に発売されたPCエンジン版の「風の伝説ザナドゥ」あたりと比較すると会話も比較にならないほど良いです。というか、風の伝説ザナドゥはちょっとひどすぎました。

ただ、説明書に顔写真まで掲載したにも関わらず、ジュリオもクリスもしゃべってくれないのはどうかなと。ハードや音声圧縮フォーマットの事情で、今のように全てのセリフをしゃべらせることは難しい時代ではありましたが、オープニングイベントにウリのはずの声優がしゃべってくれないのは若干肩すかしです。

オープニングイベントが終わると、ラグピック村の西の草原で大イノシシを狩るイベントが。いわゆるバトルチュートリアルです。
戦闘画面はマップ画面からシームレスに移行、マップ画面に主人公パーティと敵パーティが相対する構図での戦いになります。原作のバトルモードがどうかはよく知りませんが、なんとなくウルティマ(Ⅲ~Ⅳ)のようなトップビューだった気がします。もしくはクリスタルソフトが倒産してしまってT&EソフトからリリースされたPC版ソードワールドのようなカンジとでもいいましょうか。英雄伝説Ⅰ・Ⅱがフロントビューのターン制バトルだったことを考えると、英雄伝説とは言うもののやはり前作とはあまり関係がないのだと痛感させられますね。イセルハーサは遠くになりにけりです。

本作の旅の(当初の)目的は成人の儀式として各所に安置されている魔法の鏡を巡礼することのようで、チュートリアルライクな一日が終わると、いよいよ旅の始まりとなります。

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旅立ちの前に、イベントアニメがはじまります。

当時はこういう時代でした。ゲーム中にアニメが挿入されるとなんだか豪華に見える時代だったのです。それもトラディショナルなドット絵イラストのアニメではなく、次世代機の動画再生機能を使ってセルアニメがそのまま流れるというのがとってもナウかったのです。

…でも、このような重要なイベントこそ、ゲームキャラがちょこちょこ動き回るイベントにしてほしいものです。

ゲームとアニメは映像コンテンツとして似ているようでまったく別のコンテンツです。特にゲームは、ゲーム内のヒントを元に先に進む、もしくは状況を把握して自分で行動しなければなりません。すなわち能動的に楽しむコンテンツです。一方、アニメは流れる映像を楽しむもので、受動的なコンテンツといえます。

ゲームを母体としてアニメイベントを織り込む場合、字幕がなければ効果音やBGMが流れる中で話される音声以外にヒントを把握する手段がありません。特に固有名詞が多かったり、発音が紛らわしい言葉を羅列されると、音声だけでは情報が追えなくなることも多々あります。情報を取り損なうと「次の目的がわからない」「今のイベントの解法が分からない」などの状況に陥りがちで、なおかつアニメ映像ということもあって、情報の再取得が難しい場合も少なくありません。

なので最近のゲームではムービー中でも字幕(のON/OFF)がついていたりするのですが、1998年当時ではゲーム中にアニメを流すことで満足してしまっていたのか、そのようなユーザーへの配慮が少ない作品も多かったです。特に声優パワーがうなぎのぼりな時代だったので、テキストではなく音声によってゲームを演出したいという野心溢れる作風が流行していたこともあり、ビジュアルシーンやアニメを見ても話がさっぱりなゲームあったりなかったり。

なので個人的には、字幕の出ないビジュアルシーンは苦手なんですよね。

今回のアニメは巡礼に必要な銀の短剣が盗賊?の二人に盗まれそうになったこと、村はずれに住んでいるラップじいさんがそれを取り返したことと、登場人物の紹介のようなものでした。銀の短剣をもらったという事以外に進行に関わる部分はなかったので、こういうアニメならまあいいかなとは思います。

村を出たあとラップじいさんに杖をもらったり、じいさんの素性を知っている家族と会ったりと、ラップじいさんがらみのイベントが続きます。現時点ではどれほどのキャラかは分かりかねますが、重要人物なのでしょうね。きっと。

 

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そうこう言ってる間に最初の目的地に到達。湖でクリスの要望にこたえて石探しをしたりと、巡礼とは直接関係がなさそうなサブイベンと続き、緊張感がない、仲の良い幼なじみどうしのほんわかした旅が演出されます。キャラの動きも芸が細かく見飽きません。

原作発表当時だと、コミカル路線でもなければこういう柔らかい雰囲気のRPGは少なかったかもしれません。白き魔女が影響を与えた結果なのかもしれませんが、さすがに「詩うRPG」は伊達ではないということでしょうか。当時はそのキャッチフレーズに「なにそれ」と(悔し紛れに)思っていたものですが、遊んでみると分からなくもない、という気持ちにはなります。

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ほんわかしているだけではなく、RPGなので当然戦闘もあるのですが、エンカウント率はかなり低いです。というか、フィジカルエンカウントのみのような気が。最初の巡礼地を越えたら、もっとエンカウントするようになるのでしょうか。

 

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その最初の巡礼地であるディーネで、目的である魔法の鏡を覗くのですが、ここでまたしてもアニメシーン。でも抽象的な映像で、何が何だか今一つ分かりませんでした。アニメ終了後に「うずまき」とあるのですが、どこにうずまきがあったのかもよく分からず。これがまさにアニメシーンがイヤな理由です。

まあ、うずまきについてはまた何か情報が得られるでしょうし、今のところは「ディーネの鏡でうずまきを見た」ということを把握すればいいのかなと。

…と思いつつ、眠くなったのでファーストプレイは終了です。

 

22年ぶりに英雄伝説シリーズと「和解」しましたが、ガチムチバトルから主人公達の生活や日常を描写しはじめていた、94年頃のラノベっぽいストーリーテーリングはとても良いです。なんだかんだ言ってましたけど、続きをプレイするのが楽しみになっています。移植面については、画面作りやキャラ演出も丁寧。デリカシーが感じられて好感が持てます。

唯一の問題点はアニメシーンかと思いますが、これは原作では幕間や重要な場面でのビジュアルシーンの代わりだと思っています。原作をやったことがないので推測ですが。なのであまり頻繁に表示されることもないだろうと思います。

FF15で世間が盛り上がっている中、半ばネタのように白き魔女を遊んでみましたが、先の展開が楽しみで216円(税込)で買えたのは、もしかしたら拾いものだったかもしれません。

アドヴァンスド・ワールドウォーともども、しばらく遊んでみます。

(文/赤蟹)


団長

「てらどらいぶ」管理人。 ゲーム開発のディレクター、動画配信サイト管理人のプロデューサーなどを歴任。 心のゲームは「ウィザードリィ」と「ザナドゥ」。ドラクエとFFならドラクエ派。

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