重い障害を負っていた父が信じていた「フードファディズム」とインターネットのヘルスケア事情

先日亡くなった私の父は、筋ジストロフィー(の亜種)という難病を患い、およそ30年間闘病生活を続けていました。

40歳になったばかりの時、それまでの症例から生きられてあと10年と宣告され、一時期大変荒れた時期がありました。我慢強い父でしたが、死の影がはっきりと見えたため、精神的に不安定になったのでしょう。

その状況はおよそ半年ほどで収まったのですが、それでも死を覚悟しきれない父は、少しでも長く生きたい、今の病気をなおしたいと、いろいろな健康法を試していました。

私が覚えているだけで、これだけの健康法をやっていました。

  • プロポリス
  • きなこ牛乳
  • きなこ豆腐
  • 麦芽青汁
  • めかぶ

プロポリスはミツバチがつくる巣の補強材のようなもので、蜜蝋と共に人類に様々な用途で使われてきました。近年では健康に良い成分があるとされ、過分な効能が謳われている食品でもあります。
まあ、蜂の巣の補強材程度で筋肉の病気がなおるはずがなかったのですが。
プロポリスは最近ではのど飴に配合されていることが増えたみたいです。もともとの用途から考えると、一番妥当な使われ方ではないかと思ったり思わなかったり。

 

きなこ牛乳は、牛乳の中にきなこを入れるというものです。そのままですね。
ご存じのように、きなこは大豆を加工した粉末です。大豆由来なので食物繊維とタンパク質が豊富なため、健康に良いとされたわけです。でも、それってまるっきりプロテインですよね。
実際ソイプロテインは大豆から作ってますし、きな粉をプロテイン代わりに飲む人もいるそうです。
衰弱しつづける筋肉を補強するという意味ではアプローチは正しかったと思いますが、効果は特に出ませんでした。なによりマズイという理由やめたようです。たしかにあまり美味しくありません。水に溶けないですし。プロテイン飲んだ方が良かったですね。

なお、Googleで「きなこ牛乳」で検索すると、WELQがワンツーフィニッシュを決めているのが分かります(2016/12/2現在)。

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検索結果の四位にタイトルがそっくりっぽい「お手軽健康ドリンク『きなこ牛乳』が凄い – NAVER まとめ」という記事があります。

この二つの記事があげいているきなこ牛乳のすごい効果とは…

WELQ(キャッシュ)

  • 骨粗鬆症予防・更年期障害予防
  • バストアップ効果
  • 脂肪燃焼を促進
  • 美肌効果・疲労回復
  • 便秘改善・整腸作用
  • 高血圧予防・コレステロール値低下
  • がん予防・動脈硬化予防
  • 育毛
  • 安眠効果・精神安定効果

NAVERまとめ

  • 脂肪を燃焼させる
  • 便秘解消
  • カルシウム補給・骨粗しょう症予防
  • 育毛
  • 高血圧予防
  • 美肌改善
  • 胸が大きくなる

なんとWELQの方が2つも効果が多いです! しかも一つはガン予防、動脈硬化予防とクリティカルな病気を防ぐ効果がうたわれています。すごいですね、きなこ牛乳。こんなこと書いて大丈夫かと思うほどスゴイです。なお内容は、まあそれぞれ見比べていただければ幸いです。

 

次にきなこ豆腐です。またしてもきなこです。
きなこシリーズが続くのは、90年代前半にきなこがヘルシーとブームになったからです。
それにしてもきなこ豆腐です。どちらも大豆です。さらに醤油かけて食べていました。全部大豆です。ここまでくると、むしろ炒り豆食べたほうが良いのではないでしょうか。

当時父は糖尿病を患い、医者から食生活を指導されていました。そのため、ヘルシーなきなこ豆腐を食べ始めたのですが、きなこ豆腐だけを食べれば健康になると吹き込まれていたらしく、朝昼晩と三食ともきなこ豆腐オンリーという生活を送りはじめました。

結果、栄養失調になりました。大豆しか食べてないのだから当たり前です。何やってるんですかね。

 

青汁は割愛します。30~40代くらいになると、誰しも青汁に頼りたくなる時期があるそうなので。私が若い頃に勤めていた社長も毎日飲んでました。「まずい!もう一杯!」というCMがありましたけど、ホントに美味しくないですね。でも、手軽だったようで父は長らく飲んでいました。

 

めかぶは死ぬ直前にやっていた健康法です。父いわく、めかぶを食べると細胞のミトコンドリアが増えて免疫力が高まるらしいです。この頃になるともはや筋肉の病気をどうにかしようという気持ちがなくなり、悟りの境地に達していたのが分かります。ただ、一度寝込んだら二度と歩けない身体になるため、せめて重篤な風邪などをひかないようにミトコンドリアを増やし続けていたようですが、めかぶにそんな効果があるのでしょうか?
検索したところ、めかぶに含まれるLPSが免疫力を高めるそうです。ミトコンドリアというのは父の勘違いのようですが、ミトコンドリアが減ると免疫力が下がるという話もあるようで、ここまでくると医療の知識がない私はどこまでホントかウソなのかさっぱりわかりません。

このLPSは粘膜を通じて体内に摂取され、体内のマイクロファージの活動を活発化させるそうで、しかも皮膚からも摂取できたり、体操によって増やすことも可能だそうです。LPSは人間の体内にもともとない成分らしいですが、どうやって体操で増やすのか気になるところですが、免疫力なる言葉が流行して以来、注目の成分として脚光をあびているようです。

免疫力なる言葉が免疫を獲得するための力なのか、それとも免疫系をなんとかするためのものなのかさっぱり分かりません。どのサイトや情報を見ても「病気になりづらくなる」という大雑把な説明しか書いていないからです。
特定の病気に対する免疫を獲得したいなら、めかぶなんて食べずにワクチンでも打てば確実なわけですし。

なお、免疫力で検索すると、1位にWELQの記事が表示されます。
サイトは閉鎖されているのでキャッシュを見てみると…

「免疫」とは、病原菌やウイルスなどが外から侵入することを防いだり、身体の中にできた有害な細胞を除去する自己防衛機能のことです。つまり「免疫」とは病気(疫)から免れる機能のことです。

この自己防衛機能の仕組みは驚くほど精巧にできており、いくつもの免疫細胞が協力し合って働いています。自分自身は何も気づいていませんが、身体の中では様々な免疫細胞ががん細胞を死滅させたり、病気にかからないように外敵に侵入を防いでいるのです。このように免疫細胞が身体を守るために働き、外敵や体内の有害物質と戦う力が「免疫力」です。健康な生活を送るためには免疫力は欠かせません。

ではこの免疫力を上げる、または低下させないためにはどのようにすればいいのでしょう?それでは免疫力の低下による影響や、低下させる要因、免疫力を上げるためにはどうすればいいかなどをご紹介します。

説明が微妙に間違っているような気がしてなりませんが、おそらく世間での流布されている「免疫力」とはこのように理解されているというのが分かる良いテキストになっています。
なにより注目すべきは三段落の間に「免疫」という言葉が10個も入ってところですね。SEO対策ばっちりです。

 

さて、このような健康法をやってきた父ですが、当然筋肉の病気には効きませんでしたし、糖尿病も改善されることはありませんでした。

ただ、これらの健康法のおかげか生活改善のおかげか、余命10年と宣告されたものの、結果的には30年近く生きることができました。

家族としては「どうせ効かないよ」と思っていたわけですが、父本人としては長く健康でいたいという気持ちがあり、まして自分の身体が障害を得ていることで、家族に迷惑をかけたくないとも考えていたのでしょう。当然家族の側だって、父には長生きしてほしいと願っていました。

思うに大切なことは「なにかにすがる」とか「これを食べれば大丈夫」と安易に健康法、健康食品を信じることではなく、それも含めて健康的な生活を送るように心がけることではないのでしょうか。

しかし、世の中には「大病に効く」とか「健康になれる」「美容にいい」と大ボラ吹いて売り出されるもの、ブームになるものがたくさんあります。そのような情報を鵜呑みにして、マスコミなどに言われるがままに食品やアイテムを追い求める人達もいました。

かつてはそのような健康法、健康食品のブームを作っていたのはTVでした。
放送翌日に紹介された食品が各地で品切れになるなど、恐ろしい影響力を持った健康番組もありました。

しかしTVの健康食品特集もしばしば検証が十分ではないもの、最悪の場合データーなどを捏造するなど悪辣な手法を用いていたこともあり、発覚と同時に放送中止になる番組も少なくありませんでした。

健康関連の番組や書籍は、しばしばフードファディズムという現象を生み出します。

Wikipediaのフードファディズムの項には、その定義として以下の三点があげられています。

  1. 食べもの(食べ物)や栄養が健康と病気に与える影響を、熱狂的、あるいは過大に信じること。
  2. 科学が立証したこと以上にその影響を信じ固執していることであり、科学が立証したことに関係なく食べものや栄養が与える影響を過大に評価すること。
  3. マスコミで流されたり書籍・雑誌に書かれている「この食品を摂取すると健康になる」「この食品を口にすると病気になる」「あの種の食品は体に悪い」などというような情報を信じて、バランスを欠いた偏執的で異常な食行動をとること。

父が信じていたきなこシリーズなどがまさにこれに当たります。

上述したように、きなこ自身の栄養価、特にタンパク質と食物繊維が高いのは事実です。同じくプロポリスやめかぶもそうでしょう。

しかし、実際の成分とその効能以上に、もしくは実際にはない効果まであると謳うのは詐欺以外のなにものでもありません。なにより、その食品そのものを貶める結果にすらなりかねないので、一時的な利益のために悪魔に魂を売るのはやめていただきたいところです。

ヘルスケアの需要というのは人によって様々で、父のように難病を患って余命を宣告されているような重篤な人から、おっぱいが小さいからせめて形だけはよくしたいとか、髪を増やしたいという些末な願望(もちろん、本人にとっては重大なコンプレックスなのですが)までいろいろあるわけです。
人間も生き物である以上、健康の問題とは誰も無関係ではいられないわけで、容姿を含めた生命機能の維持と向上は、大なり小なり意識せざるを得ません。
なのでヘルスケア関連の商品(≠医薬品)やコンプレックス商品は需要がとぎれない割の良い商材であって、数ヶ月前に大きな話題となった効果や根拠が証明できない「水素水」なるものを大企業が率先して販売するという愉快な状況が生まれたりします。

実際には薬効が認められないものを、さも健康に良いと言うのは、薬事法によって禁止されています。この薬事法は薬ばかりではなく、薬の流通やその広告に至るまで、薬に関する様々なルールを定めている法律です。

インターネットビジネス業界の大人物が暴れ回っていたおかげで改正されたりされなかったりといろいろな事があったため、名前だけは聞いたことがある人も多いかと思います。

その大物は薬剤師は既得権益だとか、いろいろと大騒ぎしていました。インターネット界隈には「インターネットでなんでも解決できる」と思っている人がいます。それはそれで間違ってはいない発想なのですが、それ以前に「そのイノベーションを支える技術は本当にあるのか」という大問題が立ちはだかります。薬事に関してはまさにそれで、インターネット万能説を信じているととんでもない事になりかねない話であること、薬価の自由競争や販売手法の多様化が進んだことよるメリットと、それによって失われるデメリットを天秤にかけてどうなのかということ、なにより全ての人間がインターネットにアクセス「できる」と思っている誤謬があります。

その大物は「今までの薬害は全て対面販売によって起きている」と大変大人げない事を言っていました。要するに対面販売でもネット販売でも副作用が起きるのは止められないのだからネットで売ってもいいだろうという話なのですが、こういうメンタリティの人が緩和しろと言っているからいつになっても緩和されないということに気づいていただきたいものです。

で、今回のWELQの問題で、薬事法があろうとなかろうと守れないインターネット業界というものが露呈してしまったわけで、これではオンラインで処方箋を送ってもらって店頭または通販で受け取るような未来はあと10年はこないなぁと思ったりもするわけです。

なによりネットの力で世界を変えると大言壮語している人達が、実際に世界に変えたところなんてみたことないわけです。
自宅にいながらショッピングができるとか、書籍が電子化してアーカイブしやすくなったとか、ITによって確かに世界は大きく変わりつつありますが、残念ながら日本のインターネット企業は海外の本当にイノベーティブな企業が作り上げたビジネスモデルを模倣しているだけにすぎません。私が嫌いなバイラルメディアですら、アメリカで確立されたやり方を持ってきただけにすぎません。

日本オリジナルのビジネスモデルは、せいぜいコンプガチャだったりDLC商法だったりと、特定の客層を狙い撃ちにするようなマネタイズ手法ばかりであり、同様のやり方で主にお年寄りや美容への意識が高い女子たちがヘルスケアなるもので狙われているだけにすぎません。

需要層に積極的にアプローチするのはビジネスの基本ではありますが、アプローチの方法も収益方法も真っ黒だとさすがに世界を変えるとか大きな事を言ってる場合ではなくて、もう少し世間から尊敬されるような仕事をしろよと言いたくもなります。

iPhoneが発売された頃、日本にもプチジョブズのような人達がたくさん現れました。
そういえば前述したネット業界の大人物も、自社の電子書籍がサービスインと同時に大炎上した時、「ジョブズのように寝ないで現場で指揮した」みたいな事を言ってました。しかし、徹夜するタイミングが遅すぎました。できればサービスインの前に寝ないで指揮するべきでした。

むしろ、そんな状況で社長がやるべき事は「サービス開始日を延期する」という経営判断です。それは最終決裁者である社長にしかできないことです。デバッグの指揮なんて担当役員にでも任せればいいわけで、そもそも立場に対してやるべきことが間違っているのです。ジョブズぶってる場合ではないのです。

そんなジョブズも、自らのフードファディズムや医学的治療の拒否を悔いて死んでいったという話があります。本当にジョブズに敬意を表するのならば、死や大怪我につながるような情報をネットに流すのはやめたほうがいいのではないのでしょうか。
そんな情報を鵜呑みにする情弱が悪いと言われるかもしれませんが、自分や家族の健康に大きな不安があれば、そういう話にもすがりたいと思うものです。

言い換えればWELQは、そんな人達の気持ちを踏みにじること前提でガセ情報を流しまくってたわけですから、大企業が運営するサイトとしてふさわしいかどうか以前に、人間のやることではないではないのです。

(文/赤蟹)


赤蟹

スベスベマンジュウガニ並みに猛毒を吐きまくる赤い蟹の人。「てらどらいぶ」の裏ボス。サイト管理とコーディング、デザインなどを担当。文章を短くできないのが悩み。

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