パー子が可愛すぎて困る件

こんにちは。こう見えてラブコメ大好きな蟹です。去年読んで一番面白かったラブコメ(?)は「恋は雨上がりのように」でした。たぶん、愛に飢えているんでしょうね(主に異性方面から)。

去年末に放送された「大みそかだよ!ドラえもん1時間スペシャル」
私が子どもの頃からの大晦日の定番番組ですが、大人になった今はすっかりノーマーク。「紅白歌合戦」か「笑ってはいけない」の二択の中、ドラえもんはなかなか入ってきません。子どもでもいれば見るのでしょうけど、独身のまま2017年を迎えようとしているすれっからしの私が、このに番組を押しのけてまでドラえもんを見ようというモチベーションはなかなか生まれてこないのです。

しかし、この選択は2016年に限っては「大失敗」でした。

年が明けてから、ふと同番組のプログラムを見たところ、「戦国のび兵衛がんばれ」「ドラえもん&パーマン危機一髪!?」「星野スミレのひみつの恋」の三本立てと分かりました。

え?

「ドラえもん&パーマン危機一髪!?」「星野スミレのひみつの恋」?

この2本、立て続けにやっちゃうの!? なにそれ神ですか!?

 

■パーマンというコンテンツ

80年代キッズにとって「パーマン」といえば、83年~85年に放映されたアニメ第2作j版が想起されるかと思います。

当時は団塊ジュニア~氷河期世代と、子どもの人口が厚かった時代であり「ドラ・ハッ・パー(ドラえもん、忍者ハットリくん、パーマン)」という言葉も流行するほど、藤子不二雄のコンテンツはどれも子どものハートを鷲掴みにしていました。

第二作は原作や旧作アニメ版よりも低年齢向けの分かりやすい脚本となり、当時流行していたラブコメ要素を大きく取り入れた内容になりました。

具体的には「パー子(星野スミレ)は1号(須羽みつ夫)が好き」という設定です。

細かいエピソードはそれほど思い出せないけど、パー子がいつも焼きもち焼いているアニメという認識の人は多いのではないでしょうか。

この設定はその後のパーマンというコンテンツの中心軸になってきます。
同時期にコロコロコミックで連載されていた漫画版も、これら第二作に合わせて「スミレには大好きなボーイフレンドがいる」「バード星へ旅立つみつ夫に素顔を見せる」というシーンが加わりました。

第二作の後、藤子・F・不二雄先生が亡くなったこともあり、新たなパーマンコンテンツはしばらく制作されなかったのですが、2003年に突如映画化。翌年にも平成パーマン第二作が公開となりましたが、ここでまたパーマンのコンテンツは途絶えることとなります。

平成版のパーマンも第二作の設定を受け継いでおり、特に二作目「Pa-Pa-Pa ザ★ムービー パーマン タコDEポン!アシHAポン!」のラストは、パーやんに「パー子はん、1号の事好きなんやな」と言われ、顔を真っ赤にするパー子というシーンで終わります。

…パーやん、今更知ったのか!遅いよ!

放映当時見てた80年代キッズは20年前に知ってたわ!

…と思ったのですが、パーマン随一の頭脳を持つパーやんの事、いつまでも踏ん切りつかないパー子に発破をかけたとも受け取れます(たぶんですが)

まあ、映画の3作目は10年以上経った現在にいたるまで作られていないので、パーやんの発破の結果を知るよしもないのですが。

そんなパーマンが、Amazonビデオでプライム会員見放題になっています。

大晦日に見逃した悔しさから、ひたすらパーマンをヘビーローテーションしていたので、視聴して思ったことを「星野スミレ」というキャラクターを軸に考えてみたいと思います。

 

■なんでパー子(星野スミレ)はみつ夫が好きという設定になったのか

「パーマン」は、1号とパー子の(夫婦)喧嘩と、みつ夫の世話と焼きもちを焼くパー子を楽しむコンテンツです(断言)。

その焼きもちのレベルは、本歌取りした「うる星やつら」のラムちゃんを遙かに上回ります(理由詳細は後述)。

では、なぜパー子(星野スミレ)はそこまで1号が好きになったのか、という流れを、作品発表順と設定の変化から考えてみます。

発表順で言うと、こういう流れになります。

  1. 旧アニメ版の54回で素顔を見せて「スミレとパー子どっちが好き」と尋ねるシーンがある
  2. ドラえもんで「スミレの好きな人が遠い国にいる」というエピソードがある
  3. 新アニメ版/新作マンガ版もこれらの設定が継承される

旧アニメ版の方はカラーテレビが普及した70年代以降の再放送がなく、私も見る機会がなかったため、「別館・藤子系ブログ。―Futaride hitori」様のレビューを参考にさせていただきました。

『パーマンよいつまでもの巻』

このアニメ版54話で「みつ夫がパー子の素顔を知る」「パー子が素顔を隠していたのはバードマンの指示」という要素が作られ、これが後のドラえもんでの「遠いところに好きな人がいる」「砂浜でのび太にペンダントの中のみつ夫の写真を見せる」というエピソードにつながり、アニメ第二作に逆輸入されたという流れです。

有名なコミック版の「バード星に旅立つみつ夫に素顔を見せる」というシーンも、新作マンガ等で加筆されたもので、旧作の最終回にはありませんでした。

このように何回かの過失とリメイクを繰り返していくうちに「パー子は1号が好き」という設定が盛られていくことになります。

こんなの、まどか☆マギカで見ましたね(違

 

■好きになった理由は、みっちゃんへの対抗心と女性として見られたい欲求の勘違い

では作中で「なぜパー子は1号(みつ夫)が好きになったのか」と考えると、すごく単純に「スミレではない地の自分を受け入れてくれる(一緒に遊んでくれる)身近な男の子」としての好意と、パーマンとしての正義感あふれる性格に惹かれていったという、極単純な理由かと思います。何かをきっかけに好きになったわけではなく、普段から一緒にいて、居心地が良いから好きになったという、職場恋愛みたいな話です(実際、職場恋愛なのですが)。

ネットや書籍を見ると、「パー子はみつ夫(1号)の正義感と勇気に惹かれていった」という意見が多いですが、スミレがおかれている孤独な環境を考えると「(女の子とは見てくれなくても)一緒に遊んでくれるみつ夫」と離れがたい感情を抱いていった、という方が自然だと私は考えます。

ギャグ要素が強くなった83年版のみつ夫は、正義感や仲間思いな反面、パーマンの力を私用で使い、目前の欲求に負けてパーマンの任務を放棄することもあり、いい加減で不真面目で女好きという、ままするとダメ人間と思われても仕方ない描写も多くあります。

そんな女好きなみつ夫の頭の中を占めるのは、クラスメイトのみっちゃんと、国民的アイドル美少女である「星野スミレ」です。

一方でパー子のことは「乱暴なおてんば」と考えており、まず女性として意識していません。そのため、みっちゃんと星野スミレを当てつけるわけですが、パー子にも女性としてのプライドがあるため、比較される=女性として見られていない事に激憤して、意地になってみつ夫に「女」であること認めさせようとします。

要するに、みっちゃんや星野スミレへの強烈な対抗心から「みつ夫に女と認めさせたい=みつ夫の一番は自分であるべき」という心理の転化があり、みつ夫の事が好きになったのではないかという仮説が成り立ちます。

特にアニメ後半はダメ夫に尽くす世話焼き女房のようなポジションになっていきます。しずかちゃんではないですけど「自分がついてないと心配」と思われたのかも。

なお、みつ夫は時折、パーマンセットを自分の欲求のために使いますが、パー子もみつ夫とイチャつくためにパーマンセットを使ったりするので、このへんはお互い様という気も。

 

■パー子の気持ちは報われるのか

一方でみつ夫の恋愛感情はどうかというと、みっちゃんにほぼ集中しています。

先にみつ夫は星野スミレも大好きと書きましたが、それはあくまで恋愛感情ではなく憧れに過ぎません。

よって、仮に旧アニメ版や新作コミック版のようにパー子が正体を明かしても、得られるのは彼女が望む愛情ではなくアイドルとしての崇拝に過ぎません。パー子が本当に欲しいみつ夫の愛情は得られないのです。同時に、「パー子とみつ夫」としての関係も失われることになるわけで、「告白したら今の関係が壊れてしまう」恐怖からますます正体を明かせなくなります。

つまり、マスクを脱げない理由が「正体を隠すため」から「みつ夫の愛情を失いたくない」に変わっていってるのです。

528話に及ぶ新作アニメ版のエピソード内では、嫉妬心が激発したり、いろいろと追い詰められたりした時に「自分はスミレ」と言ってしまうシーンがあるのですが、スミレの普段のイメージとのギャップが激しいためみつ夫は信じません。というより、これだけ愛されているのにまったく気づかないくらいの察しの悪さなので、毎回スルーされて終わります。

結論から言えば、みつ夫はパー子を女とみてないし、スミレは崇拝対象、加えてみつ夫が好きなのはみっちゃんなので、パー子がどれだけ焼きもち焼こうが彼女の恋愛感情は完全に詰んでいます。正体を明かしても明かさなくても、彼女が望んだ結果は得られないのです。

なお、みつ夫の方も大好きなみっちゃんに「パーマン1号にならないと興味を持ってもらえない」という、パー子と同じようなジレンマを抱えています。
パー子とは逆に「マスクをかぶらないと好きな女の子に男として見てもらえない」のですが、みっちゃんのパーマンへの感情もみつ夫のスミレへの感情同様に「憧れ」に過ぎないため、こっちも恐ろしく不毛な関係です。

要するに三角関係にすらなっておらず、パー子を起点としてみっちゃんを終点とした、一次元的な一方通行な関係ができているだけです。

…ただ、みつ夫のパー子に対する素っ気ない態度は、小学生の男の子にありがちな照れ隠しともとれます。小学生の頃は、女の子の方が恋愛意識を持ちやすく、好意を向けられた男の子は気恥ずかしく思うものです。

パー子の愛情表現は小学生らしくダイレクトなので、なおさら小っ恥ずかしそうです。

 

■パー子の驚異の嫉妬力

このように、新作アニメ版は、パー子の嫉妬を楽しむコンテンツとなっています。
パー子の嫉妬対象を簡単にあげると、こんなカンジです。

  • みっちゃん
  • 女の子のゲストキャラ
  • コピーロボットの星野スミレ
  • 星野スミレの虚像
  • 自分(星野スミレ時)

パー子は、自分自身(星野スミレ)にも嫉妬します。

「なによ!私より星野スミレの方が○○なのね!」「星野スミレなんてどうでもいいじゃない!」みたいなフレーズ連発しますが、嫉妬に狂って自分で自分が何言ってるのか分からなくなってるみたいに見えます。

実際は、パー子として見て欲しいのに、仕事向けの虚像に過ぎない星野スミレばかり見ていることに苛立ち、みつ夫の関心を引きまくっている偽の自分に嫉妬しているのですが。

それでも平成版2作目のように、コピーが成り代わっている星野スミレならまだ分かりますが、自分が星野スミレの時にデレデレされても、パー子の時との対応の違いに怒るため、どうすればみつ夫が許されるのか分かりません。

パー子が焼きもち焼くまでのフローチャート作るとしたら、唯一嫉妬以外のプロセスの終了までたどり着けるのは「スミレがパー子の状態の時にちやほやする」しかないのですが、そもそもみつ夫がパー子をほぼ恋愛対象になる女の子として見ていないので、この処理が行われることは、パー子が勝手に勘違いした時か偶然が重なった時しかありません。ソシャゲのガチャか。

 

■大人になった星野スミレ

ドラえもんでは、大人になったスミレが、バード星へ研修に行ってしまったみつ夫を「大切な人」と断言し、いつか戻ってくる日を待っているという事になっています。

これは旧アニメ版の設定を受け継いだもので、スミレがみつ夫の素顔を見せる=みつ夫に告白した暗喩ととらえるべきで、一応、その感情はみつ夫にも伝わっているかと思います。

このエピソードはアニメにもなっています。最近の作品だと「スクープ!のび太と秘密のデート」というエピソードで、砂浜でペンダントの中の写真を見せてもらうシーンが出てきます。

本エピソードのスミレは、かつてのぶりっ子ではなく、パー子の気の強さを隠さない大人の女性として登場します。スポーツカーを乗り回し、落ち着いた容姿に成長したわりに、アグレッシブさも併せ持っています。一方でオフの日には海辺でみつ夫に想いを馳せており、どこまでいってもスミレは乙女なわけです。

なお、声優は松井菜桜子。パー子(スミレではなく)が大人になったら、こういう声になるだろうと思える、見事なキャスティングです。このエピソードはパーマン同様、現在Amazonビデオで見ることができます。興味がありましたらぜひ。


他に、大人になったスミレの様子を伺いしれるものに、「小説版ドラえもん のび太と鉄人兵団」があります。「パラサイト・イブ」で一世を風靡した(ゲームにもなりましたね)SF作家、瀬名秀明が書いたジュブナイルSFです。

この小説はドラえもんのみならず、他のF先生の世界観も取り入れた、同人誌と見間違うかのようなクロスオーバーな世界を形成しています。理系出身のSF作家らしい硬質な文体で、ドラえもんの秘密道具などにも理論的なアプローチを試みるという、これまでのドラえもんコンテンツの中でも異質な作品となっています。

この作品の後半で、星野スミレは鏡面世界で鉄人兵団と絶望的な戦いを繰り広げるのび太たちを、表の世界でサポートする人物として登場します。

小説版に星野スミレを出演させた理由として、ドラえもんチャンネルのスペシャルインタビューで、瀬名先生は以下のように述べています。

スミレを出すことは最初から考えていました。僕がスミレを好きだからっていうのもあるんですが(笑)、パパやママのような大人たちと、のび太たちをつなぐ役目が欲しかったんです。のび太たちが鏡面世界で鉄人兵団と戦うことになったとき、大人は誰も信じてくれなかった。けれど、大人でもひとりくらいは信じてくれる人がいると思うんです。のび太たちの思いを受けとめて、パパやママにその思いを伝えてあげる、その役割をはたせるのは、かつてパーマン3号だったスミレしかいないだろうと。本当は、もっとスミレを活躍させるために現実世界のパートを厚くするつもりだったんですが、あまりに長くなるのでバッサリ切りました。

上記のインタビューにもありますが、この小説版は、ドラえもんの世界で唯一、大スターの星野スミレがパー子と同一人物であることを明示した作品です。
他のエピソードでは、ロケットの中の写真がみつ夫であると名言されたわけでも、星野スミレがパー子であることも描かれていません(読んでいる方はすぐにリンクするわけですが)。

「小説版ドラえもん のび太と鉄人兵団」は、先述したスミレとドラえもんたちの出会いの後の時代を舞台としています。年齢はおそらく20代後半、パーマンとして活躍していた頃から十数年も後の話になります。

パーマンの力は大人になる過程、それも早い時期にバードマンに返還し、その後様々な苦労を経て現在の地位に上り詰めたという設定になっています。

この時点でもみつ夫は帰還せず、スミレは相変わらず肌身離さずペンダントを持っているのですが、F先生が亡くなってしまった今、勝手にみつ夫をバード星から戻してしまうわけにもいかず、バード星で雪隠詰めにされているのかと思います。

というより、ここまで「みつ夫を待っているスミレ」という設定が固定化されている中で、大人になって帰ってきたみつ夫の話を描ける(書ける)強心臓の人はそういないでしょう。
みつ夫とスミレちゃんには悪いけど、みつ夫を待ち続けているからこそスミレちゃんなのであって、帰ってきた後はどうなるのか、は、あくまでファンの想像の中ということでいいのではないでしょうか。

そういうことで、去年末の「ドラえもん&パーマン危機一髪!」「星野スミレのひみつの恋」が立て続けに放送されたのはスゴイことで、編成にスミレファンがいないとこのプログラムは成立しませんからね。

 

…と、いろいろと小難しく書いていますが、話の半分以上は私の子どもの頃からの想像と妄想で補完して書いているものです。原作はまだしも、アニメ第二作は、あくまで子ども向けのナンセンスギャグアニメですので、そこだけはご了承ください。

なお、Amazonビデオでは現在198話まで配信されています。第二作は全部で528話あるので、これでも全体の半分にも達していません。199話以降は久々にTSUTAYAでDVDレンタルして見ています。

パーマンがもっと盛り上がって、Amazonビデオでも199話以降が配信されればいいなぁと思いながらこの記事を書いています。

そのうち、「パー子回」各話ごとの感想なども書きたいなと思ってますので、お楽しみに。

(文/赤蟹)


赤蟹

スベスベマンジュウガニ並みに猛毒を吐きまくる赤い蟹の人。「てらどらいぶ」の裏ボス。サイト管理とコーディング、デザインなどを担当。文章を短くできないのが悩み。

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