「お金の奴隷解放宣言」と取り返しがつかなくなったセクシービデオの価値下落と

キングコング西野が処女作絵本「えんとつ町のプペル」を無料公開したことで波紋が広がっています。

この措置により、ある人はクリエーターの報酬がディスカウントされると非難し、ある人は炎上ビジネスにより関心を高めるクレーバーな手法だとビジネスセンスを褒め称えたり、ある人は絵本というコンテンツの価値下落を憂慮していたりします。

実際のところ、この無料公開に触れ、様々な見解を述べることそのものが「えんとつ町のプペル」注目度を高めることになるので、今回の措置が「気に入らない」と思う人は触れないことが一番です。私もそう考えて今までスルーしていたのですが、ちょっと書きたいことがあったのであえて触れます。

 

今回の無料公開で私が懸念したことは「コンテンツの価値が一度崩れると、二度と回復しないよ」ということです。

すごく分かりやすい比較としてアダルトビデオを例に説明します。

もともとマニア向け商材として高値で取引されていたアダルトビデオですが、90年代中盤から、某社が多大な製造力を背景に量産廉売戦略をとりはじめたことにより、アダルトビデオの標準価格が大幅に下落。セルビデオ市場は拡大しましたが、単価の高い商品を少数製造することで成立していた他のメーカー、特に契約金が高い単体女優を抱えるメーカーは苦戦を強いられるようになります。

2000年代中盤に入るとブロードバンド化が進み、物理メディアからインターネットの動画配信へと市場の舞台が移り変わりました。
しかしビジネス的には最後発の動画配信は「物理メディアがないから旧来の販売方法よりも安くできる」という点をウリにしました。今ほど動画コンテンツ視聴に理解がない時代だったので、利便性よりも価格勝負に持ち込んだのです。
実際、ディスク代や流通が省けるのでイニシャルコストが下がるのは当然なのですが、売価が下がれた商品の価値も比例して下がるわけで、配信プラットフォームの爆発的な発展とは裏腹に「コンテンツは安く買えるもの」としてその価値を変化させていきました。

それでも一般作はギャランティを高く設定することで、物理メディアのみでは回収できなかった費用回収の補填として位置づけることができました。そのほかにも配信形態の制限(永続視聴ではなく有限視聴に限るなど)などにより、コンテンツの価値を維持するシステムを形成することができました。
しかし、コンテンツライツの概念や運用経験がないアダルトビデオメーカーは、圧倒的なセールスパワーを背景としたプラットフォーム側の要求に応えざるを得ず、一般作のだいたい半分程度のギャランティで契約されることがほとんどです。それでも売価が高止まりしていた頃は良かったのですが、動画視聴の普及と競争の激化により価格はますます下落し、だいたいDMMで販売されている価格で落ち着きました。

動画配信技術や回線キャパシティの発達は、配信サイト同士の競争を促すことになるのですが、最終的には広告収入をあてこんだXVIDEOSのような無料視聴できる違法アップロードサイトを生み出すことになります。
そして、アダルトビデオは「お金を払って見るものではない」という認識が広まってしまいました。

「無料」というものは、極端に消費者マインドを冷えさせます。
一度無料で見られるとなると、よほど見たいものでないかぎりお金を払ってみようという気持ちにはならないからです。

無料環境で視聴する言い訳の代表的なものとして「無料でしか見ない人は、元より購入する気がない」というものがあります。そのプロセスフローを見ると、まず無料で見れる方法を探し、見つからなかった場合にしぶしぶ有料で見ます。もしくは、有料と分かった時点で見るのを諦めます。購入する場合は、よほど見たい作品か、ファンになっている女優の出演作程度のものでしょう。

何が言いたいかというと、一度無料でコンテンツを放出する(させられる)と、消費者はお金を払わないことが当然と思ってしまうということです。

アダルトビデオで例をあげたのは、ここ20年の動きでコンテンツ価値下落を説明しやすいからです。

他のコンテンツもだいたい同じ経緯を辿っていますが、テレビドラマは放映局の価値(視聴率)を維持するというミッションがあり、アニメや特撮などはディスクの他にもライセンシー商品を出すことによってリクープします。爆発的なヒットとなれば一時的な売上どころか数年に渡って収益を得られるので、コンテンツビジネスの理想的なカタチと言っても過言ではありません。
これはゲームなどでも一緒です。現在ではソーシャルゲームもメディアミックスや関連グッズの販売に力を入れつつありますが、なんにせよ元となるコンテンツを核として「世界」を売る仕組みができているため、コンテンツとしての力はむしろ強まっているとも言えるのです。

翻ってアダルトビデオの場合は、公共の放映するわけにもいかず、そう多いわけではない販売店や販売サイトで作品をプロモートするしかありません。つまり、前者に対して視聴機会が圧倒的に少ないわけで、なおかつ蔑まれがちな商品の立ち位置もあって、消費活動になかなか乗っていかない現実があります。
一般コンテンツと違って世界観が売れるわけでもなく、関連グッズが売れるわけではありません。

SNSの時代を経て、女優の露出(肌的な意味ではなく)が増えているのは幸いですが、彼女たちが頑張れば頑張るほどAVに興味にそれほど興味がない層、お金を払うつもりがないユーザーが増えていくという悪循環にも陥ります。東アジアで女優が人気といいますが、彼女らのファンもほとんどは安価な海賊版やアングラな無料配信によって女優の存在を知った人たちです。

何かを得て何かを失うのは世の常でしょうが、母体となるコンテンツが死んではビジネスも何もなくなるわけで、ひいては制作者の収入や製作費も捻出できなくなります。

コンテンツの価値が下がるということは、コンテンツのゆるやかな死を意味します。無料ならなおのこと。

「えんとつ町のプペル」も無料配布によりネット上で話題となり、キングコング西野のコンテンツプロバイダーとしての名を知らしめることになった、という評価がありますが、Spotlightをはじめとしたゴミバイラルがこぞってとりあげているだけで、好印象で受け入れられた印象はありません。

炎上マーケティングによって云々という話もありますが、次回作、次々回作も「どうせ無料で配布するんでしょ?」という見られ方しかされず、セルフプロモーションとしても悪手だと思うのですけどね。

そして何より、「絵本」というコンテンツそのものを貶められた、それを生業とする人たちに多大な迷惑をかけたということは自覚して欲しいものです。コンテンツの価値は陳腐化して減退していくものですが、誰かが人為的に引き下げていいものではありません。
商品製造も人件費が安い地域でマスプロダクトすることで販売価格を下げる(=競争力)をあげますが、マスプロダクトではないクリエイティブな仕事の場合、売価の切り下げは制作者の収入にダイレクトに影響します。そして、食えなくなったクリエーターは徐々に散逸し、やがて製作できない状況に陥ります。

実際、「お金にならない」という事で継承者がいなくなり、深刻な状況の淵に立たされている各地の伝統工芸の惨状を見るにつけ、「ビジネス」で片付けていい話ではないのではないか、と思わざるをえないのです。

アダルトビデオの規制の話題がたびたびあがりますが、私としては国の規制よりも経済的な理由で消滅していく気がするのですよね。最近は景気の高揚で回復基調だと聞いていますが、何にせよ数年前の規模にまで回復することは難しいでしょうね。

それが、コンテンツを無料で配った末の「結果」です。

ちなみにXVIDEOSの広告出稿は国内の代理店が行っています。弊社も一度出稿を進められましたが、メーカーと正規の取引をおこなっている会社が違法配信のサイトの出稿するのはNGだと思ったのでお断りしました。上司は出稿する気マンマンでしたけどね!

(文/団長)


団長

「てらどらいぶ」管理人。 ゲーム開発のディレクター、動画配信サイト管理人のプロデューサーなどを歴任。 心のゲームは「ウィザードリィ」と「ザナドゥ」。ドラクエとFFならドラクエ派。

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