キュレーションメディアに対し、弱小メディアは泣き寝入りするしかないのか

あるメディアを運営している友達が、ある大手メディアに記事提供を求められたそうです。
しかし記事提供に対する報酬はなし。「うちに掲載されて宣伝になるのだからいいでしょ」と吐かれ、大変不愉快な思いをしたそうです(その大手メディアがどこかは聞いていません)。

ここ数年、ネットメディアというものが続々と生み出されたのは、キュレーションサービスに名を借りて他サイトの記事を引用、もしくは剽窃することで大量にコンテンツを生産でき、なおかつ制作費を安く抑える手法が生み出されたからです。
ここにSNSを利用したバイラル手法も加わり、時間をかけて高品質なコンテンツを蓄積しPVを稼いで育てるしかなかったメディアサービスが、低い投資で高収益化できる事業へと変わっていったのです。

一方で、自家コンテンツ制作にこだわるサイト(個人ブログを含む)は、キュレーションメディアの餌食となり、記事を奪われ、侮られ、尊厳を傷つけられるようになりました。

自分たちで記事を作るより、誰かの記事を持ってきた方が儲かるというバカげた状況になっていますが、そんな中で我々弱小サイトはなにができるのでしょう。

 

■「キュレーション」という幻想

キュレーションサービスという概念が生まれた時、これまでGoogle頼りだった誘客導線が劇的に変わると多くの人が思いました。
SEOはともかく、よく分からない理由である日突然検索順位を落とされたり、indexされなくなったりと苦渋を舐めさせられた経験のあるサイト管理者たちは、これでようやくGoogleの支配から逃れられると思ったのです。

キュレーションメディアと検索エンジンの大きな違いは、人の手によって記事がindexされていく、すなわち誰かが「おもしろい」と評価した、高価値の記事が集められるというところです。

コトバンクの「キュレーション(きゅれーしょん)」の項目には以下のように書かれています。

現在は、GoogleやYahooのような自動的に情報を収集する検索サービスが主流だが、自動化による画一的な情報収集より、手動によってまとめられた情報は、同じ価値観を持つ人々にとってありがたいものである。キュレーションサービスが普及し、更に充実すれば、検索サービスの手法の主流が変わるかもしれない。

この記事は2011年に横田一輝氏によって書かれたものですが、生まれたばかりのキュレーションサービスにどれほど期待がかけられたか分かります。

Googleが検索エンジンがブラックボックス化した独自のアルゴリズムで自動化を進めるなか、高い見識を持ったキュレーター(博物館等の学芸員。転じて高い専門知識を持って情報整理を行う人)による人力検索を求める声があったのは事実です。
ユーザーメリットは引用した記事の通りですが、サイト管理者にとってもGoogleに評価されなかった記事を読んでもらえる、アクセスを集められるというメリットがありました。
特にGoogle一局支配に不満を感じていた人たちが、キュレーションサービスの拡大を発展に希望を持ちました。

しかし蓋を開けてみれば、記事の剽窃やコピペ、「引用」に名を借りた他サイト記事の自社コンテンツ化という、グレーゾーンを突きまくるサービスばかりとなってしまいました。
ほとんどのキュレーションサービスは安易な収益化に走り、Googleに反感を持っていた人たちが期待したような、素晴らしい人力検索サービスにはなりえなかったのです。

 

■悪徳メディアを肥え太らせる「引用」の悪用

これらのメディアは「引用」というルールを最大限活用することで急伸しました。

前述のように最近のメディアは他サイトやSNSの記事を利用することでPVを集めます。しかし本来の引用の範囲を超えたもの、コンテンツ制作に必要がない引用や、引用した記事のコメントをコンテンツ化するというおかしなサービスが増えはじめました。

元々の「専門家による情報選別と共有」という意味は名目のみとなりました。専門知識を有さないユーザーが、単にネット上の記事を共有するだけのサービスがPVを稼ぐ一方、それなりに時間とコストを作ったコンテンツを「引用」の名目で持っていかれる愚直なサイトはひたすら記事を奪われ続けるのだからたまったものではありません。

これらの「共有」に対し、大手キュレーションサービスは単なるプラットフォームであり、記事の引用はユーザーによるCGMであるというスタンスを取っています。要するに引用に関する一切の責任は預かりしらないとしているわけです。
一方で冒頭の友人の話のように、無報酬で記事をよこせと言い出す横柄なメディアも出現しています(これはメディアがどうこうよりも運営者の人間性の問題だと思いますが)。
彼は「PVを返しているのだからいいだろう」と言いますが、言うほどPVを返してくれるわけでもありません。宣伝になると言っても、しょせんはそのプラットフォームの利便性目的で来ているユーザーです。

うちの記事も何度かキュレーションサービスに共有されてしまいますが、だいたい3000~4000PVくらいしか返ってきません。言うほどPVにも貢献してもらえないし、たいした宣伝にもなっていないんですよね。

総じて見れば、キュレーションサービスに取り上げられることはなんのメリットにもなりません。
確かに取り上げられた記事のPVは瞬発的に増えますが、それでサイトのファンが増えるわけでもありません。来てほしい属性のユーザーが送られてくるわけではないからです。
興味のあるキーワードで検索してくるGoogle経由のユーザーや、SNS経由で来たユーザーの方がよほど定着します。

根こそぎPVもコンテンツも奪っていくキュレーションメディアは、自家記事、自家コンテンツにこだわるサイトにとっては、もはや蝗害も同じです。

 

■イナゴはすべてを食い尽くせば飢え死にするしかない

あらゆるものをかじりつくす蝗(いなご)を相手に、小規模サイトができることとはなんでしょうか?

はっきり言ってありません。蝗(いなご)どもが肥え太り、自家コンテンツが作れるようになって去っていくまで、ひたすら耐えるしかありません。

しかし、弱小サイトでも個人サイトでも、のプライドと意地があります。
グロースハッカーを気取る蝗(いなご)も、食い物がなくなれば飢え死にするしかありません。
WELQのようにヘタ打つサイトも出てくるだろうし、ネットの価値観が変われば、彼らはいずれ駆逐されていくことになるでしょう。
あれほど流行した2chも衰退し、はちまも転売の憂き目にあい、世界を席巻したSNSすら投稿の減少や収益化の難題に直面して黄昏を迎えています。
そもそもグレーな方法でのしあがったキュレーションメディアです。利便性以外にハードポイントがない、中身がすっからかんなサービスに過ぎないのだから、より高い利便性を持つサービスが生まれれば、あっという間に存在感を失っていくことでしょう。

自分が作った記事、情報がほしいと思うユーザーは必ずいます。パクられても引用されても、ひたすらコンテンツを作り、自分のサイトを面白いとか、必要と思ってくれるユーザーに情報を届け続ければいいのです。
ピーキーなスタイルは陳腐化も早いものです。過剰な利益や栄誉を求めず基本を守り続けたほうが、長い目で見れば良い結果になることも多いのが人の世です。

覇道を進まず王道を進む。それでいいじゃないですか。

みなさん、がんばりましょう。

(文/赤蟹)


赤蟹

スベスベマンジュウガニ並みに猛毒を吐きまくる赤い蟹の人。「てらどらいぶ」の裏ボス。サイト管理とコーディング、デザインなどを担当。文章を短くできないのが悩み。