【ぽんコレ】新社会人の「人間の尊厳」を奪う苛烈な新人研修の意味を問う

明日から新社会人生活が始まる新卒の方、まずはおめでとうございます。

4/1を過ぎると各マスコミが必ず報じるネタがあります。
それは「過酷な新人研修」です。

ありったけの声を張り上げて自己紹介したり、新人全員で社訓や理念を唱和したりと軍隊の訓練さながらの研修はもはや定番。最近では新人の人格を真っ向から否定したり、「お前たちは会社のお荷物だ」などとけなし倒すものも出てきました。

このようなバカげた研修が、なぜ流行しだしたのでしょうか?

 

■奪われる新人たちの尊厳と個性

これらの研修を語る前に前提として明らかにしておきたいのが「そもそも、その新卒をなぜ採用したのでしょうか?」ということです。

個性に着目したのか、能力に着目したのか。もしかしたら容姿や立ち居振る舞いなど外的な要因もあるかもしれません。何にせよ、採用理由は新卒個々人によって違っているはずです。

それが不思議なことに、入社後は地ならしよろしく、新人の個性を無視した画一的な研修を受けさせられます。

もちろん、研修自体が全く無意味とはいいませんが、報道されるような苛烈な研修は、個性そのものをすりつぶし、ともすれば新人たちの人間としての尊厳すら踏みつぶしているかのように見えます。
厳しい言葉を言い、人格を否定し、女の子を泣かすまで暴言を吐き出すコンサルタントの姿に嫌悪感すら抱きますが、それが正しいと思っている人もいるから、こんなバカげた研修にも「需要」があるのです。

新社会人は、確かに社会経験はありません。しかしこれまでの20余年の人生を「人間」として生きてきたのです。その年月は社長やコンサルから見れば短いものでしょうが、その間に新社会人たちも尊厳を備えて育ってきたのです。
新人たちの「人間」としての尊厳を貶めて、会社にどのようなメリットがあるのでしょう?
このような育成法をしている会社に限って「最近の新人はすぐ辞める」と言いますけど、どちらかというと会社側が見切られていることを理解してほしいところです。

自信を叩き折って社会人としての心構えを身につけさせるのが研修だ、という経営者がいますが、こんな方法で若い子の個性を潰すから日本経済はひたすら衰退してるのではないでしょうか?

 

■苛烈研修は大量採用・終身雇用時代の幻想

軍隊では一人の圧倒的な能力や個性を必要としません。命令に従って各人が画一的に高いパフォーマンスを発揮できることが求められます。

軍隊式の研修も同様に、各人の能力や個性ではなく、画一的なパフォーマンスを期待して行われるものです。

これは労働集約系の仕事がまだ正社員であったころの名残です。採用人数が多く雇用形態もほぼ終身雇用だった時代のやり方です。
全員が同じ仕事をやるような現場では、個々人の能力や個性に合わせた育成よりも、軍隊と同じく全員が同じパフォーマンスを発揮できる教育の方が優れていたのです。

しかしバブルが崩壊し、就職氷河期が訪れると、「正社員」の立ち位置も大きく変化することになります。

労働集約やルーティン作業は、アルバイトや期間雇用、もしくは「準社員」と呼ばれる非正規雇用の人たちが担うようになりました。
それまでは当然であった「社会人=正社員」という図式は、長期にわたる不況と、仕事にあぶれる大量の若者たちを集めた「非正規社員」というカテゴリーの誕生によって崩壊しました。
景気低迷で逼迫していた企業は正社員を雇い止めし、立場も収入も不安定な非正規社員を活用し、人件費圧縮にいそしみました。

その結果、20数年たった現在になって格差問題が顕在化することになるのですが、なんにせよこのパラダイムシフトにより、正社員の位置づけは会社の価値を高めると期待される人々というものになりました。

正社員の仕事は単純労働から知的生産へと比重が移りました。業務のシステム化が進んで労働効率があがったことにより、集団労働より個々人のパフォーマンスが求められる時代となったのです。

すなわち、社員個人の力量が会社の業績を左右する時代となったのです。

このような知的労働が期待される仕事を期待されて採用された新卒社員と、軍隊式もしくは人格否定型の研修は、そもそも方向性からして逆方向です。とても親和性が高いとは思えません。

苛烈な新人研修とは、20数年前の常識であった一括採用の文脈をいまだになぞっている時代遅れなやり方であり、踏み込んで言えば経営者側の自己満足や過去への憧憬の産物です。
天皇陛下の譲位により平成も終わろうとしている昨今、いまだに昭和のやり方を引きずっている人たちがいるのだから、中国やインドに追い抜かれていくのも当然と言えるでしょう。

■意識の高そうな昭和脳が日本を衰退させる

冒頭の話にもどりますが、これら過酷な研修のニュース映像には、「中には泣きだす女性も…」と、過酷な研修に戸惑う新人の様子を伝えるスーパーとナレーションがつきます。

このような胸くそ悪い映像は、果たして誰に向けて放送されているのでしょうか?

簡単です。「今時の若い者は」と言いたくて仕方がない老人(と言っても40代後半から60代くらい)たちです。

自分たちは相応の苦労をしたと思い込んでいる老人たちは、若者がスマートに働くことを許しません。自分たちが経験した苦労を若者たちにも味あわせたいと思っています。なぜなら、それが正しいと思ってこれまで生きてきたからです。

自分たちの若かった頃の体験、その後の業務経験という「絶対値」で現在の労働環境を測ろうとするのは、自分たちの生き方を肯定したい老人の願望にすぎません。
数十年という時代が流れ、その間に経済構造も働き方も価値観も全てが変わっていきました。流転する経済環境の中で絶対と言える生き方や働き方なんてありません。大手メーカーの工員全員が正社員であった時代と、百人規模で派遣会社から「工数」が送られてくる時代では、あらゆる基準が違いすぎて比較にならないのです。

このような考えは、残念ながら現役の経営者の中にも息づいています。ちょっと意識の高いSNS(FBなど)を見れば、このような思想にかぶれている経営者の発言をいくらでも見ることができます。

そのような「昭和脳」につけ込んでいるのが、苛烈な研修をウリにした人材コンサルタントです。
彼らは教育した新人が、期待されたパフォーマンスを発揮しようがしまいが関係ありません。彼らの尊厳と人格を傷つけることが社会人教育と信じるバカなクライアントの要望通りに若者をしごくだけです。
そこには愛はありません。あるのはコンサルタントとクライアントの間を流れる金銭だけです。
希望を胸に抱いて社会にこぎ出した若者が、こんなコンサルタントたちにこれまでの人生を否定され、ただ若いというだけで無能とけなされ、無根拠に考えが甘いだのなんだのと怒鳴られるのです。
本当にバカバカしいことですが、このようなやり方が正しいと思う経営者がいるからこそ、彼らの需要は途切れることがないのです。

実際、40代後半から60代くらいの経営者に聞くと、若者の個性よりも「命令に従う」習慣をつけさせたいと考えている人が多く、なるほど、日本からジョブズが生まれないのも道理だと思うわけです。優秀な大学生が就職せずにスタートアップを目指すのも、こんなバカバカしい企業の姿にうんざりしているからでしょう。

社会全体が人件費圧縮や効率化という美辞麗句に踊らされた結果、デフレが進んで不況がいつまでも続くことになりました。
出費をいくら削っても、投資がなければ業績は伸びません。90年代後半から様々なものをひたすら削りつづけてきた日本企業が、今更厳しい研修で若者を鍛えたって後の祭りなんです。

先行逃げ切りで歪んだ高いポストを手に入れた経営者たちが、おかしな研修で若者の人格が削れていく様に歓喜するという地獄絵図が日本各地で展開され、そんな老人たちの視聴率を取りたいオワコンテレビ局が、過激な研修を取材するという図式になっているわけで(その中にはSNSの拡散なども含まれているでしょう)、ちゃんと育てる気がないのなら、せめて若者をダシにするなと言いたいわけです。

このような過酷な研修が好きな人に限って、新人のパフォーマンスが悪いだのと社員の悪口をSNSに書くので、ほんと処置がないです。社員がポンコツなのは上司がポンコツだからです。それいzy

明日からこの手の胸くそ映像がたくさん流れます。イヤですね、四月って。

そんなくだらない世の中ですが、船出する若者たちに幸多からんことを。

(文/赤蟹)


赤蟹

スベスベマンジュウガニ並みに猛毒を吐きまくる赤い蟹の人。「てらどらいぶ」の裏ボス。サイト管理とコーディング、デザインなどを担当。文章を短くできないのが悩み。