信長の野望・創造PKで那須家でがんばる その1

前回、無残な敗北を喫してしまった信長の野望・創造withパワーアップキット(長い)の那須家プレイ。
弱小すぎて戦国好きの記憶にも残らないどマイナー大名でどこまで頑張れるかというプレイでしたが、結果から言えば7年目にして滅亡しました。無念。

しかし、このまま引き下がってしまったら小国プレイ好きの称号を返上しなければなりません。
前回の反省を生かして再度那須家で頑張ってみます!

一応ルールとして、リセットやセーブポイントまでのまき直しはナシでやっていきます。セーブポイントまでもどってやりなおすのならクリアできても当然だからです。小国プレイの醍醐味は、あえて不利な状況からスタートし、小勢力独特の緊張感やカタルシスを楽しむことです。「失敗」を認めずに「成功」したことだけピックアップしていくのは、ちょっと違うかなと思います。負けは負けと認めないと、小勢力プレイは楽しくありません。
ちなみにモンハンでもクエスト失敗→リセットしてやりなおしというやり方が嫌いです。いつでもリセットできるという甘えの上でゲームをプレイするのは、ギャルゲーでCG回収以外ではやりたくないものです。

そんなわけでリベンジです。今回もシナリオは1534年から始まる「信長誕生」。

那須家は藤原北家につながる家柄で、かの有名な那須与一の一族とも言われていますが、はっきりしません。ただ鎌倉時代には御家人として記録が残っており、以後室町時代を通じて那須群(栃木県北東部)を支配していました。
かつては佐竹、宇都宮と肩を並べる下野の有力大名でしたが、古い名族あるあるで、戦国時代に入ると内紛や守護大名である宇都宮氏との抗争に明け暮れることになります。
関東の諸勢力は、鎌倉公方と関東管領上杉家との諍いや、上杉家内の内紛の影響で離合集散を繰り返していました。家同士の争いならまだしも、骨肉の争いや誅殺、暗殺が繰り返されるストレスフルな修羅の国でした。結果、ポッと出の新興勢力、後北条家の台頭を許すことになってしまいました。

そんな没落名家の那須家でがんばってみよう、というのが今回の(2回目の)企画です。
なお、那須家を選んだのは、私の祖先が那須家の家臣だったためです。ゲームには出てきませんけどね。

本拠地はみんなのアイドル那珂ちゃんのほとりにある烏山城。ちなみにマップでは平坦な場所にあるように見えますが、周囲を小高い山に囲まれた辺鄙なところです。

領有している城は本拠烏山城の他に大田原城のみ。どちらも支城です。かつての名族も落ちぶれたものです。この二城だけだと労力も2しかないため、内政コマンドも一つしかできないという惨状。領地の開発すらままなりません。

このため、最初の目的として、下野の本城である宇都宮城を奪取を目指します。宇都宮城を奪えれば、台所事情も兵力の調達も格段に向上します。このあたりは前回と同じ流れです。

一年ほど労力と資金をやりくりして兵を集め、宇都宮城を奪取。

さらに支持度を100%まであげた二荒山、鹿沼の国人衆が従属したことにより、戦場での与力が見込めることになりました。
こうなれば、宇都宮氏攻略も余裕です。

しかし壬生城は山之内上杉氏によって奪われてしまいました。山之内上杉氏は唐沢山城の佐野氏を従属下においているため、兵を下野に送れたのです。早めに宇都宮を取っておいて正解でした。

その後那須氏は真岡城に侵攻。宇都宮氏を滅ぼし、下野東部を支配下におきました。

 

さて、ここからです。

今後の那須氏の目標としては、次の二つがあります。

  • 壬生城に兵を進め、山之内上杉氏と戦争をはじめる。
  • 祇園城を攻めて古河公方と戦う。

 

しかしこの二家はかつての鎌倉公方と関東管領という、関東でも名家中の名家。当然、周囲の大名との同盟関係も強力です。どちらと戦っても、関東中の諸勢力を敵に回すことになりかねません。

特に山之内上杉は上野と武蔵北部、そして北信濃まで勢力を広げており、今の那須氏で対抗できる勢力ではありません。さらにいえば、現時点で壬生城を奪うメリットはほとんどありません(同様の理由で岩城以北への進出も断念しました)。

そのため、上記2ルートのいずれかを取るとすれば古河公方と戦う方が現実的です。なにより祇園城を抜いてしまえば、下総の本城である古河御所は目の前です。リスクに対して十分なメリットがあります。

問題は古河公方のバックについている関東の諸勢力なのですが…

那須氏と同盟関係にある佐竹氏が、足利の威風もどこ吹く風と大軍を繰り出して祇園城を攻め落としました。

この事により、那須氏に二つのメリットが生まれました。

  • 仮に古河公方を攻撃したとしても、佐竹氏に裏切られることがない。
  • 祇園城を同盟勢力が占領したため、兵を通過させることができるようになった。

古河御所攻略が現実味を増してきました。

保険として、北条氏との関係を深めることにしました。北条と同盟が成れば、古河公方を敵に回したとしても、戦うのは周囲の雑魚だけで済むからです。

その雑魚にしても北条氏が平らげているので、いずれ古河公方の味方は消滅することになります。

両上杉もものすごい勢いで攻め込まれています。北条との同盟がなれば、下総進出後も南に対する心配はなくなります。

問題は、その北条と古河公方が同盟していることなのですが…。

しかし、弱小大名の那須氏に考えているヒマはありません。時間をかければかけるほど、那須氏に不利な状況となっていきます。
北条との関係改善と同時に、古河公方側への偵察や調略も開始。内政面では道を整備して人口を増やし、兵舎を建てて常備軍を増強。さらに兵糧をキープするために石高の改善も並行します。

宇都宮攻略からおよそ二年の年月を費やして準備を整え、満を持して古河御所に侵攻。

北条との同盟も成り、古河公方攻略に全力を注げる状態になりました。
宇都宮城、真岡城はもとより、遠く烏山城からも兵を呼び寄せ、万全な体制で包囲開始。

古河御所攻略のためだけに内政をチューニングしていたのだから、負けるはずがありません。

その勢いを駆って関宿城も攻略。足利成氏以来、上杉氏と共に関東の騒乱の中心にあった古河足利氏は、その諍いにさんざん振り回された那須氏によって滅亡することとなりました。

那須氏は古河御所、関宿城を支配下に加え、下野東部と下総北部を支配するに至りました。本城を二つ手中に収めているという見地から考えれば、北条氏に続く関東勢力ということになります。一位との差が大きすぎるのが残念ですが。

古河足利氏の家臣は、結城政朝らを始め優秀な人材にあふれています。このあたりはさすが足利家。下野の田舎者との格の差を見せつけてくれます。これで那須家の残念な人材事情も大きく改善されました。

しかし、そうも浮かれてはいられません。

北下総を占領したことにより、北関東に新たな火種が生まれようとしていたのです。

次回の記事はこちら→信長の野望・創造PKで那須家でがんばる その2

(文/赤蟹)


赤蟹

スベスベマンジュウガニ並みに猛毒を吐きまくる赤い蟹の人。「てらどらいぶ」の裏ボス。サイト管理とコーディング、デザインなどを担当。文章を短くできないのが悩み。

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