信長の野望・創造PKで那須家でがんばる その3

信長の野望シリーズの新作「信長の野望・大志」が発表されましたね!
戦国立志伝でどうなるかと思いましたが、「大志」も大名をプレイする従来のタイプに落ちついたようで、とても安心しました。画面がサイバーなのが気になりますが、きっと面白い「信長」になっていると信じます。信じてます!

でもどうせ、後からパワーアップキット出ちゃうんだろうなぁ…。まあ、買いますけど。

さて、「創造」の世界に戻りましょうか。

前回の記事はこちらです→信長の野望・創造PKで那須家でがんばる その2

「ムイトゥ・プラゼール、じゃーぽんノミナサン」

ついに種子島に南蛮人がやってきました。二挺のマッチロック式銃を持って。
この時、日本が世界最大の銃保有国(当時)になるなんて、誰が思ったでしょうか。

そんなハイカラアイテムが島津家に渡った頃、常陸を制圧したド田舎大名、那須家は次なる作戦に向けて準備を整えることに。

次の作戦とは、言うまでもなく伊達家攻略です。

関東南部は盟友北条家に、上野はその北条に従属する山内上杉と沼田家が割拠してる状況。まだ北条と戦えるほどの戦力はないので、とりあえず石高や兵力がどっこいどっこいの伊達と戦うことに決めました。

伊達家は本拠の南出羽をはじめとして、磐城、南陸奥に支配を及ぼしている大名です。また北出羽の最上家や三陸諸家も従属させて、蝦夷地と北奥羽を領有する南部家と奥羽を二分する勢力となっています。

とはいえ、那須家もいまや三国を支配する大身です。人口や兵力、石高などの数字上では伊達家の方が勝っていますが、こちらには地の利があります。

それは、伊達領と那須領をつなげるルートが、たった二つしかないことです。

まずは大田原城の北から、奥羽山脈と阿武隈山地に挟まれた盆地地帯を抜けていくルート。江戸時代に奥州街道として整備される道路です。今の東北自動車道や東北本線、東北新幹線が通るルートです。これを東北道ルートと命名します。
もう一つは現在の常磐道のルート。太田城から太平洋沿岸部を通って北上するルートです。これを常磐道ルートとします。

要するに、阿武隈山地を東西から二手に分かれて北上するという作戦です。

東北道ルートで重要なのが、蘆名との関係。蘆名を敵にまわすと、北上中に側面攻撃を受けかねません。
幸い、蘆名と伊達は同盟関係になかったので、使者を送って外交関係を改善しておきます。
東北道ルートは二本松城まで一本道なので、作戦目標を二本松攻略にしました。途中の三春城が耐久度5000と非常に堅いため、1万以上の兵を動員することにしました。

常磐道ルートは阿武隈山地を通られない限り、側面攻撃の危険もありません。ただし、道幅が狭いので、野戦になった場合大軍を擁しても戦闘正面が狭い=大軍のメリットが生かせないという欠点があります。
幸い、常磐道ルートの各城は耐久度も3000程度と低いので、4000ほどの兵力で攻め上がります。作戦目標は磐城の本城である小高城攻略にしました。小高城が手に入れば、晴れて磐城も手中に収めることとなります。

那須家ができるのなら、伊達家にも可能ではないか? と言われそうですが、それは違います。
伊達側から同じ作戦をとろうとすると、大田原城の攻略に入った時点で烏山城と宇都宮城などオール栃木軍(愛読書はチャンプロード)に囲まれ、同じく太田城を攻めるとオール茨城軍(特攻服大好き)に囲まれることになります。
道が集中している拠点は、護りやすく攻めづらいのです。一方で大きな道に連なっている城は、それらの城を攻め落とすだけの兵力を用意できれば、次々と落とすことができます。上杉謙信メソッドですね。

その上杉家の前身、長尾家とも同盟。これまでのことを水に流し…と言ってますが、長尾になにかやった覚えはありません。メンヘラでしょうか。
この同盟の重要なところは、長尾家が伊達家のパートナーであるという点。つまり、長尾家と同盟が結べなければ、伊達長尾連合に挟まれることになりかねません。

このゲームの外交ルールとして、敵勢力の同盟勢力と同盟を結べば、戦争に介入されることはない。というものがあります。もちろん同盟国を攻めた事によって印象は悪化しますが、悪化するだけで援軍を送られてくることはありません。
なので長尾家と同盟することで、伊達家のみと戦う環境が整うわけです。水に流した遺恨が翌月戻ってくる展開に長尾為景もビックリすること間違いなしでしょうが、それが戦国といふものです。

さらに伊達家中でも不満を抱いている武将に粉をかけておきます。佐竹義篤は那須家から伊達家にヘッドハンティングされたのに、やっぱり那須家がいいと寝返りを承諾。とんだ蝙蝠野郎です。

そんな準備を二年半かけて完了。満を持していざ出陣。大田原城、烏山城、宇都宮城から三軍を繰り出し、下野と磐城の国境沿いに築かれた小峰城を目指します。

そして常陸の軍勢で常磐道ルートを駆け上がり、飯野平城を目指します。こちらは那須家の元従属勢力、岩城家の居城でした。
岩城家は那須家が太田城を攻めている最中に、伊達家の侵攻を受けて陥落。岩城家は伊達の軍門に下ってしまいました。生き残っていれば橋頭堡にできたのですけどね。

両ルートとも国境付近で大激戦に。特に東北道ルートは小峰城があるため、混戦を極めます。

東海道ルートの那須軍、伊達軍を退けることに成功。小峰城の包囲を開始。

小峰城自体の耐久が低いので、難なく攻略完了。兵糧(主に正嗣の餃子)補給後、さらに北上を続けます。

飯野平城の伊達軍も、密約通りに佐竹義篤が寝返ったことによって撤退。こちらも包囲を開始。

東北道ルートは三春城前、現在の郡山市付近と思われる地点に到着。ここでも伊達軍との激しい野戦が繰り広げられます。
敵方多数にて味方劣勢。さらに祇園城(小山)、壬生城、唐沢山城(佐野)から援軍を送り込みオール栃木体制で伊達軍との戦いに挑みます。暴走する栃木魂が伊達の軍勢を打ち砕く!

途中の旗印の違う城は二階堂家の須賀川城。現状那須家と同盟を締結しているため素通りできます。
ただ、二階堂氏は伊達とも同盟を締結しているので、今後の出方には注意しなければなりません。

飯野平城も陥落。これにて常磐道ルートも橋頭堡が確保できました。

郡山の戦いを制し、三春城の包囲を開始。しかし伊達もそうそう見過ごすはずもなく、北からどんどん援軍を送り込みます。軍を二手に分けたせいもあって、伊達軍の圧力が強烈。さらに古河御所からも援軍を送りますが、イヤな予感が的中。二階堂家が反旗を翻しました。

最悪のタイミングで寝返りやがりました。このままだと後ろに下がれないし、補給もままなりません。栃木県民のソウルドリンク、レモン牛乳もきっと届かないでしょう。早々に三春城を落として兵糧の調達を可能にしなければ(信長の野望・創造には補給線の概念はありません)。

二階堂軍を城内に押し込んで包囲戦開始。しかし二本松前の敵軍の数がヤバすぎる!
小高城も伊達軍の波状攻撃に遭い、包囲戦に持ち込めず。兵糧ばかりが無駄に消費されていく…。

要害三春城攻略、いただいちゃいました。これで兵糧の心配はなくなりました。しかし、危険な状態に変わりはありません。

二本松手前で伊達軍をなんとか押しとどめていた友軍が(当然のように)崩壊。三春城を包囲していた那須軍は兵糧の補給完了後、急いで郡山に向かいます。
須賀川城のせいで関東から援軍が送り込めないのが地味に痛い。小勢力と思って侮っていました。兵力の補充ができない以上、当分光ちゃん率いるオール栃木軍に頑張ってもらうしかありません。疲労度がなくてよかった。

そんな激戦が繰り広げられる最中、ゲーム開始時から那須家を支えてくれた忠臣、大関宗増がひっそりと烏山城で死去。長らく烏山城主を務め、辺境勢力であった那須家をよく支えてくれた武将でした。彼の高い政治力のおかげでどれだけ助かったか…。

悲しみを怒りに変えて二階堂家を下し須賀川城を突破。補充されたオール栃木軍で二本松城を襲います。がんばっぺ、栃木。

一方で常磐道ルートは一進一退。しつこい波状攻撃のせいで包囲がままなりません。
波状攻撃は愚策と言いますが、嫌がらせには最適です。おかげで兵糧がすっからかんに。
腹が減っては戦はできません。仕方なく飯野平城まで撤退します。常磐道ルートは、残念ながら戦略目標未達成。に終わりました。

一方の東北道ルートは兵糧を失いながらも二本松城を攻略。栃木県民、がんばりました。戦略目標達成です。

こうして第一次岩城攻略戦は幕を閉じました。那須軍の圧勝です。
常磐道ルートの目標未達は残念ですが、成果としては上々でしょう。

この戦争の結果、那須家は日本有数の城を領有する大名にのし上がりました。北条の数値が異次元ですが、同盟結んでいるし見なかったことにします。彼らとはしばらく仲良くやっていかねば。

大きくなったとはいえ、まだ本城は三つだけ。朝廷体制下に入ったのが遅かった東国は基本的国分け方が大ざっぱ。一国一国の面積が大きすぎて、領土の広さのわりに本城がゲットできないという悲しみに包まれます。田舎のつらいところです。室町幕府と関東公方が講和した時も都鄙合体と言われましたからね。どっちが都か、どっちが鄙かはあえて言いませんが。

次回は小高城攻略に再チャレンジです。オール茨城の底力を見せつけます(たぶん)。

次の記事はこちら→信長の野望・創造PKで那須家でがんばる その4

(文/赤蟹)


赤蟹

スベスベマンジュウガニ並みに猛毒を吐きまくる赤い蟹の人。「てらどらいぶ」の裏ボス。サイト管理とコーディング、デザインなどを担当。文章を短くできないのが悩み。

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