信長の野望・創造PKで那須家でがんばる その8

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【前回のあらすじ】

武田家が領有する上野への侵攻を開始した那須家。武田家との全面戦争に突入するも、上野、北信濃、甲斐と順調に武田領を奪いとる。しかし、そんな那須家の前にまたしても南部家が立ちはだかる。二度目の反那須連合を結成し、那須領に迫る南部家。その連合に加わる武田、斎藤、そして松平。那須家も北条、今川と親那須同盟を結成。反那須連合の一角を担う武田を下し、稲葉山城もいまや風前の灯火。しかし、尾張のうつけは那須家の一人勝ちを許さなかった。
那須と織田の全面戦争が火ぶたが切られる!

前回の記事はこちら→信長の野望・創造PKで那須家でがんばる その7


まずは反那須連合の盟主、南部家との戦いから。

…といっても、もう完全なワンサイドゲームになっています。南部が津軽海峡の向こうに放り出されるのも時間の問題となりました。
こっちはもう軍団任せでいいや、ということで、濃尾の戦いに戻ります。

那須家との同盟を申し出た浅井家が親那須連合に合流。斎藤と織田はもはや袋のネズミ。姉川のようにはいきませんぞ!

結局、美濃国境までやってきた14000の織田軍は、それを上回る数の暴力で放逐。早まっちゃいましたね、織田さん。もう那須家の侵攻を止められるだけの兵力、ないのではないですか?

稲葉山城も落城し、斎藤家は、大垣城に追い込まれます。

稲葉山城を支配下においたことで十五国を有する大大名となった那須家。ついに右大臣の位まで上りました。次は左大臣です。
ちなみに武田晴信を手元に置いているのは、直轄軍を動かさないといけない事態になった時のためです。

天下の堅城、稲葉山城を失った斎藤家には、もう抗う力すら残っていませんでした。

武田に続き斎藤も滅亡。残る反那須同盟は、南部と松平のみとなりました。

が、すでに織田との戦闘状態になってしまっているため、松平は後回しとしました。
この判断は、後々失敗だったと思い知らされるのですが…。

一方の(北なのに)南部戦線も大詰め。津軽の本城、石川城を攻略。

東北全土が那須家のものとなりました。

結成から三年。期限切れにつき、反那須連合は解散。今回も那須軍は反攻に成功。二つの敵対勢力を滅ぼし、盟主南部家も領土のほとんどを失うというハメに。この包囲戦を制したことで、那須家はまた弾みがつきました。

晴信の勧めに従い、六角家に臣従を打診。南近江も那須家の領土となりました。

さらに浅井家、朝倉家をはじめ、伊勢の長野工藤家、大和の筒井家、河内の畠山家が続々と従属を申し入れてきました。

その結果がこれです。

姫・三・昧!

「いかようにもお使いください」の一言が気になって仕方ありません。
都の美女を揃えると、だいたい酒色におぼれるものですが、戦バカ一代の那須高資に色仕掛けは効かぬ!攻めて攻めて攻めまくるのじゃ!(卑猥な意味ではありません)

なにしろ上泉信綱に新陰流を学びたいなどと言ってるくらいですからね。女など、力の後についくると思っていそうです。

南部も残るは蝦夷地だけだというのに、東北二軍団はなかなか津軽海峡を越えません。何をもたついているのでしょう?
ここでついに、宇都宮でくすぶっていた武田晴信の出番です。宇都宮、古河御所、そして常陸の太田城から各一万の軍を派遣。一気に北海道へとなだれ込みます。
この直轄軍の動きに東北二軍団も反応。大軍となって津軽海峡に押し寄せましたが、南部軍も水軍を繰り出し、真冬の津軽海峡という最悪のロケーションでの決戦が始まりました。舟から落ちたら即アウトです。

迂回して東から攻めればいいじゃん、と思うところですが、東ルートは海路が細いため、大軍が展開できず、挟撃を受けたら全滅してしまうかもしれません。ここは余計なことを考えず、ひたすら力押し。兵数では勝っているので、いずれ押し込めるはずです。

こんなカンジで蝦夷地と尾張侵攻を進めている間に…

あれ?どこかの軍が将軍家と戦ってるぞ??

あれ? 松平家が長尾家に滅ぼされたって??

おうふ。三河が長尾家に取られてる

将軍家と戦っているのも長尾軍です。
長尾家は那須との同盟を利用して、フリーパスで三河や山城を攻めていた模様。
それはそれとしてもゲームのルールなのでよしととします。…が、史実モードなのに将軍家に襲いかかる景虎にとんでもない違和感が…

しかし、この長尾の動きは、那須家にとっても一大事であります。

なぜなら、征夷大将軍になるには二条御所を有していることが条件となっているからです。

仮に長尾に二条御所を取られたら…。長尾との全面戦争は避けられません。
出羽から陸前に至る長い戦線で戦いになるなんて、考えたくもありません(めんどくさくて)。マジノ線とジークフリート線みたいになりそうです。

もたもたしていられません。那須家も急いで上京しなきゃ!

北方戦線は無事終了。南部家の優秀な人材も吸収して、直轄軍と中部を押さえる大関高増軍団に割り振ります。

人材層が分厚くなった那須軍は勢いを増し、犬山城、勝幡城などの尾張支城を次々と攻略。織田の本拠地、清洲城に迫ります。

前回の決戦から兵力を回復させることができなかった織田勢。清洲城はあっさり陥落。

なぜか途中、本願寺勢に側面攻撃を受けるも、那須軍の統制に乱れなし。尾張の戦いを終わりにするために突き進みます。

残る那古野城を落とし、織田家を滅ぼしました。
…まあ、滅ぼすといっても織田家中の方々は那須家にお迎えしますけどね。

横槍入れてきた本願寺の長島城にグーパンした後、主力を山城に向かわせます。残る支隊は、まだ那須に従わない畿内の諸勢力を制圧するために各地に派兵。

先ほど長尾が奪おうとしていた朝宮城を落とすと…

京都で将軍家と同盟を締結する三好家、本願寺、鈴木家の各軍が入り乱れて混戦に。しかし畿内の小勢力がいくら集まろうとも、東日本のほとんどをその手に収める那須家の相手にはなりません。圧倒的兵力で各軍を蹂躙。

ついに二条御所は陥落。京都を落としたのが下野出身の武将、佐野昌綱というのがまた感慨深いです。
信長の野望意識調査で完全スルーされた下野軍団ですが、その不遇を乗り越え、ついに京都から将軍を追い出すことができました。
那須家による平和、すなわちパックス・ナスーナ(強引)は目前。

一方、柴田勝家率いる軍勢も伊賀を制圧。

山城と伊賀を領有したことで、那須家は二十国の太守に。朝廷より左大臣に叙任されました。位人臣を極める那須高資。残るは征夷大将軍のみです。
…というか、晴信さん。ずいぶんカッコよくなりましたね。専用グラフィック&BGMがある大名はいいなぁ。優遇されていて(ひがんでる)。

京都に新軍団を設立。二条御所に古河公方足利義氏を置き、室町幕府の十四代将軍としました。
そう、那須家による将軍家襲撃は、統治力が弱い現幕府をふぬけとみなし、我らが擁する古河公方義氏こそ将軍にふさわしいとして行動した結果だったのです…という設定にしました。ええ、今思いつきましたよ。

でもネタとして面白いので足利義氏を軍団長に任命。山城、南近江、伊賀、尾張を任せます。ちなみに伊勢は、でしゃばってきた長尾さんちになってました…。

二ヶ月後、先代の足利将軍(義輝)が立てこもる大和の筒井城も前田利家が落としました。

これにて将軍家は滅び、(那須の傀儡である)足利義氏が正当な十四代将軍となりました。
…まあ、私はどっかの鬼畜と違って、義輝さんも生かしておきますけど。

京都足利家が滅ぼされた翌月。那須家による新秩序の誕生を見届けた大田原資清が大往生。
人材が少ない初期の那須家中にあって、資清のひときわ高い政治力にどれほど助けられたことか。
せめて宇都宮に戻してあげればよかったですね。じいや、長い間ありがとう。そして死ぬがよい。

史実では、那須高資と大田原一族・大関高増(大田原資清の子)は対立。那須家中はこんな和気藹々とした雰囲気ではありませんでした。

大田原一族は高資の弟である資胤を擁立しようと画策。当主尚綱を討ち取られたことで高資に恨みを抱く宇都宮氏の謀略を手伝い、高資を亡き者とします。そして希望通り資胤を那須家の当主として迎えます。しかし大田原一族はこの資胤とも対立。両者の争いに佐竹氏も加わり、烏山城を巡る攻防戦が行われることになるのですが、それはまた別の話。

実際の那須家中は主家内や家臣同士で争い、暗殺もいとわぬ血で血を洗う陰湿な係争が行われ続けていました。那須という小さな世界の中で、蟲毒皿のように争い続けていた那須家。現実には天下どころか、下野統一すら無理だったでしょう。
しかしこんな考え方や価値観は、那須家だけに限ったものではありません。多くの大名や武将が那須家同様に、天下統一よりも一所を懸命に守ることしか考えていなかったのですから。

大大名ですら見せかけの足利幕府による秩序を信じ、己のための戦いを重ねていた中。新世界の構築を意識し、戦国の世を終わらせようとした信長がどれだけイノベーティブだったことか。その生き方は見習いところです。織田家でプレイすることはないでしょうが(笑)。

次回最終回。「征夷大将軍」。こうご期待(またネタバレタイトル)

(文/赤蟹)


赤蟹

スベスベマンジュウガニ並みに猛毒を吐きまくる赤い蟹の人。「てらどらいぶ」の裏ボス。サイト管理とコーディング、デザインなどを担当。文章を短くできないのが悩み。

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