必読!「AV出演強要問題の不都合な真実」 中山美里さん渾身の記事


※画像はアゴラより

 

風俗・アダルト関連のニュースで活躍しているライター、中山美里さんが、言論サイトである「アゴラ」にスゴい記事を寄稿した。
それが「AV出演強要問題の不都合な真実」(前編)である。

中山氏はいわゆる「風俗情報」ばかりではなく、風俗で働く女性達の置かれた状況や、そのライフワーク、セカンドロールなど、女性ライターならではの視点で、風俗業界を観測しつづけてきた方である。特に新刊「高齢者風俗嬢」では、深刻化する高齢化社会の問題と、風俗業界でたくましく生きる高齢者風俗嬢を有機的に絡めた、独特なスタンスとその解釈で大きな話題となった。

中山氏は違和感をしっかり捉えられる鋭敏な感覚の持ち主だ。人権団体がAV業界の人権問題を槍玉にあげる一方、AV業界側も刹那的な対応に終始する有様に、業界人とはまた違った危機感を抱いていた。特に風俗の世界を取材し続けた彼女にとって、この業界にきた女性のバックグラウンドも、経緯も、目的も違っているという当たり前のことをオミットし、極限の一軸にまとめたがる人権団体側、AV業界側双方のアクションに疑問を感じていたように思う。
そして中山氏は、気になった問題をとことん取材していく方だ。本問題も初期から着目し、ディスカッションの場に顔を出しては双方のリアクションを分析していた。

「てらどらいぶ」で私が書いているAV出演強要問題の記事も、実は中山氏の意見や取材結果をベースとしたものが多い。セグメントの問題はあるだろうが、ある面で中山氏は、AV出演強要問題における第一人者だと言って過言ではあるまい。

今回紹介した記事も、そんな彼女がこれまでの取材などで得た情報をクリアにまとめた素晴らしい記事になっている。

 

本記事で中山氏が掲げたテーゼは「AV出演強要問題と、他の問題が混同され続けていること」に対する疑問である。

それは徳永エリ議員の一言と、それに対する中山氏の疑問でもわかる。

「私は、歌手になりたくて東京にきた。喫茶店のアルバイト代を全部つぎ込んで、某有名プロダクションのマネージャーからレッスンを受けていた。支度金として500万円用意できなければ、お金を都合してくれるスポンサーがいると言われた。その後いい出会いがあって、テレビレポーターになり、国会議員になったが、あの頃、契約書を書いていたらと思うと、被害にあったみなさんの気持ちが良く分かる」

ここで、現場にいた私は首をかしげた。徳永議員の体験談は、このシンポジウムがテーマに掲げるAV出演強要被害と同じ文脈で語ってよいものなのだろうか……と。

問題はつねにセグメント化し、ひとつひとつ解決していくべきものである。しかしAV出演強要問題については、すでに原初の「AVへの出演を強要された」というイシューがカタチを失っている。
AV出演強要問題が表層化して以降、AV業界とは関係ないものの、類似した問題が次々と「流通」した。上記の徳永議員の発言もそうだ。さすが民進党の議員であると思える斜め上具合と言えるだろう。なにより彼女の話は、強要されていないではないか。

AV出演強要問題が話題になるにつれ、徳永エリ議員同様に、意にそわない仕事を強要されたと現役アイドルの告白が相次いだ。それらの酷薄に、さもありなんと無知で無責任な識者が訳知り顔で語る。その循環が繰り返されるうちに、AV業界の問題と他の類似した問題が混同され、その全ての問題が帰納的にAV業界が背負わされる事になった。

これは、これらの団体が取り組む児童ポルノ問題でも同様だ。児童ポルノの定義をはっきりと定めないまま議論(というより、一方的な批難なのだが)を繰り返した結果、二次元なのか三次元なのか、実在なのか非実在なのか、実年齢なのか見た目なのか等々の論点を何一つ解決しないまま増えていき、いまや建設的な議論さえできない状況と化している。

このような言い方をすると穿ち過ぎとも思われるだろうが、AVやポルノに限らず、女性の人権問題は一つの突端を中心に無制限に戦線が拡大する傾向にあるように思える。当初の問題すら解決せずに、新しい問題が吸着していくのだから解決などするわけがない。類似の問題を吸収し、拡大していくのは何か理由があっての事なのだろうか? それともそれが、「彼女たち」のやり方なのだろうか。

おそらく中山氏は、本問題を本来のAV出演強要問題に集中して早期に解決してほしいと願っているだろう。そのため、問題を単元化し、本来の議論に戻るべきだ、と、本記事で婉曲的に主張しているのだと思う。私も同感だ。本当に解決しようとするなら、他の案件など後回しにして、本丸だけをしっかりと固めて議論するべきではないだろうか。

それとも、単元議論に持ち込んで早期に解決されると、なにか不都合でもあるのだろうか?

 

それにしても、冒頭のアゴラ編集部の注釈がすごい。

(編集部より)この連載は「AV出演強要問題」がテーマです。ただし、執筆者の中山美里氏は、被害にあわれた女性を社会的に救済・対策は必要との見地に立った上で、現在、国会でも議論され始めた、この問題が「一人歩き」しつつある危険性を指摘します。実は、この連載は本来は、有名週刊誌で企画されていたのが、諸般の事情により掲載が中止されました。ジャーナリズムの存在意義、政策論議に与える影響などを考慮し、この問題を真摯に追及してきた中山氏に敬意を表し、アゴラでの掲載に踏み切ります。

この一文には、今の日本のジャーナリズムの危うい現状が垣間見える。

精神と良心の自由を保障された自由主義国家の民間人が、ビジネスやアクティビティの都合で検閲を行い、情報の流通を差し止めてしまうのだ。

20世紀初頭まではどの先進国でも検閲というものが存在していた。国家統治を邪魔する情報の流通を国家が取り締まったのである。その結果どうなったのか。国民は正確な情勢を知ることができず、想像の上に想像を重ねた国家間、もしくは民族間のヘイトが高まってしまった。それが貿易や領土的な問題として実利的な軋轢で拍車がかかり、列強各国とも戦争に踏み切らざるを得ない状態になってしまったのだ。

では現在はどうか。なるほど、あらゆる情報が自由に流通しているように見える。しかし、本記事の冒頭にもあるように、その自由とて仮初めなのである。

特に人権が重んじられるようになった先進国では、事実よりも人権や倫理といった道徳的に正しいことが優越するようになった。道徳上正しいことであれば、相対する意見を踏みにじっても許されるし、強権化して一方の意見(反論)を実力的に排除することも許されてしまうし、まさに「不都合」なことはすりつぶされてしまうのだ。

某人権団体も、このような記事にはしっかり取材に応じてほしいと思わずにはいられない。「不都合」なことがなければ、いつも通りの主張をすればいいだけではないか。守勢に入るとひたすら逃げるのは、いささか卑怯ではないか。

(文/団長)


団長

「てらどらいぶ」管理人。 ゲーム開発のディレクター、動画配信サイト管理人のプロデューサーなどを歴任。 心のゲームは「ウィザードリィ」と「ザナドゥ」。ドラクエとFFならドラクエ派。

コメントを残す