【感想】喜連川の風 マイナー大名をとりあげたクリティカルヒット的時代小説!

図書館でふと見かけた小説。見れば「喜連川」の三文字。おやおや、まるで那須家で戦国時代を踏破した私に読んでくれと言わんばかりではないか。

画像はAmazonより

戦国時代は那須家と宇都宮家が激突した地。しかし、両家とも豊臣時代を生き残れずに没落。主を失った下野北東部には豊臣の家臣である蒲生家や那須家の旧臣である大田原家や黒羽家が割拠し治めることになった。
そして喜連川は、足利の名跡の消滅を惜しんだ(そして足利家の権威を利用しようとする)秀吉の計らいによって、最後の古河公方、足利義氏の娘、足利氏姫と、古河公方から独立した小弓公方の裔である足利国朝が結婚。喜連川の地に領地を得ることになった。しかし朝鮮征伐の途中で国朝が死去。氏姫は国朝の弟である頼氏と再婚。頼氏は喜連川氏を号し、以後子孫も喜連川氏を名乗ることになる。

要するにこの人の子孫が、喜連川氏ということになる。

宗家である将軍家は足利義昭の正嫡が仏門に入ったため断絶。喜連川氏は唯一の足利家として、源氏を称する徳川家より破格の厚遇をうけることになる。
しかしその実態は旗本並といえる5000石の日本一の小大名。江戸城では国持ち大名と同じ待遇を受け、参勤交代も許され、さらには国主を意味する御所という称号も自由に使えるという特異な立場にありながらも、どれもこれも経済力につながらないという残念ぶりを見せることになる。

この「喜連川の風」は、そんな例外中の例外の小藩、喜連川家の騒動を巡る時代小説である。

おそろしくニッチなところを攻めてきた。しかし、喜連川高校卒の母を持つ私としては、読まざるを得ない小説でもあった。


話は天保七年(1836年)にはじまる。11代将軍家斉の大御所時代の最晩年にして、水野忠邦の天保の改革のまっただ中。幕府も各藩も火の車となり、幕藩体制に陰りが見え始めた時代の話である。

当時の喜連川家当主は喜連川煕氏(ひろうじ)。大矢博子女史の巻末の解説によると、開明的な思想の持ち主の仁君であったらしい。実質5000石しかない喜連川藩を様々な財政政策で乗りきり、足利の名跡を明治まで残した名君だそうだ。

主人公の天野一角は喜連川藩士で立場は中居格。松本唯之助という同心と共に藩内の様々な事件に対応する二人だが、ある日ご下命をうけ、密書を携えて江戸に向かうことになる。
その密書とは、熊本藩の細川家より1万両を借り受けよ、というものであった。

現代の金額でいえば10億円。それだけの大金を借りて来いというのだから無茶ぶりにもほどがある。それほどの大金を借りるのだからと、江戸留守居役の森本作右衛門の指示によって一角と唯之助は細川家の内情偵察と渡りをつける工作を頼まれるのだが…という話である。

時代劇と言えば悪人懲罰や仇討ち、不埒な輩をこらしめる捕り物が主流だが、そんな中にあって主人公たちの目的が借財。まるで現代の企業ドラマのような。舞台が喜連川といい、ユニークな作品である。なお、本作の出来事はアレンジはあるものの実際にあった出来事をテーマとしているそうだ。

借財という最終的な目標を果たす前に、一角達と喜連川藩には様々な問題がふりかかる。地元喜連川には藩主煕氏の「仁政」に不満をもつ藩士や、村の運営に不満を持つ百姓たち。江戸に向かえば途中の石橋宿で密書が盗まれ、草加宿ではテキ屋と諍い、江戸に着いてみれば同僚が殺人の罪を疑われ、さらには細川家への内偵すら頼まれる始末。しかし切れ者の一角はこれらの事件を様々な手で解決していく。

一角は作中では剣の腕がたち、さらにはさまざまなソリューションを達成する切れ者として描かれる。しかし彼が全ての問題を自らの手で解決するわけではない。ここが本作の面白いところである。

たとえば百姓の騒動は同僚の倉橋与七郎に任せ、一角はその解決方法を指図する。作中では騒動解決の詳細は描かれず、文として事の推移が報告されるのみである。真の殺人犯捜しは途中から部下の唯之助が担当、町方や現場周辺、被害者の交友関係などを洗って真犯人を見つけていく下りは、時代小説の王道、捕り物小説を読むようである。そして一角自身は一万両を借り受けるための工作を進めるが、細川家の弱みや問題をすっぱ抜こうとする江戸屋敷のやり方に疑問を持って方針の転換を提言。しかしそれが御所様(煕氏)に対する反逆と見なされ、屋敷内の牢屋にぶちこまれることになってしまう。しかし段取り八分、すべての手を打った一角は、やがて牢の中で自分の提言が正しかったことを聞かされる。

時代ものは往々にして「ヒーローもの」である。剣技に優れ、明敏な頭脳と鉄の心臓を持つタフガイが様々なエビデンスをかき集め、最期に物理攻撃でとどめをさす。悪玉を追い詰めていく様と、ラストで訪れる正義の暴力によるカタルシスを読者は酔う。ラストには悪は成敗されるのだ。

本作に倒されるべき悪玉がいないことは先に述べた。しかし、草加でのヤクザとの抗争や殺人犯捜し、ところどころで発生する争いと時代小説好きな読者に対するサービスも忘れていない。

ただ残念なのが、それらの問題が作品の太い縦糸である細川家と喜連川藩の駆け引きにつながってこないことである。

草加での諍いは、喜連川生まれで御所様を崇拝する親分、万吉の取りなしで収拾した。この時点でいずれ万吉がキーマンとして登場し、細川家との問題に絡んでくるものだと思ったが、これっきりであった。
殺人犯の嫌疑も細川家からの借財のネガティブファクターになるという緊迫感を演出するが、本当にただ巻き込まれただけの話となってしまい、ここからの糸が伸びてこない。様々な要素がそれぞれ独立してしまい、なんとなくまとまりに欠けた印象を受けた。

また、借財の解決も御所様のご威光あっての事となってしまい、これまでの一角のアクティビティが報われなく思ってしまったのも、なんとも不完全燃焼気味に感じた。ストーリーの流れとしては綺麗にまとまっており、結末も素晴らしいものになった。それはそれで良いのだが、あれだけの活躍をした一角を批判一つで牢屋に押し込め、最後は御所様頼りという顛末は、一角に感情移入していた読者としては少し物足りなく感じてしまう(それも一角という魅力的な主人公あってのことだろうが…)。

解説の大矢博子女史は、この作品を「時代劇に見せかけたサラリーマン小説」と喝破している。まったく同感だ。プロジェクトリーダーや管理職をつとめた方なら、一角のように次から次へとベクトルの違う問題が降りかかってくる事態に陥った経験もあるだろう。そして並列した問題を処理するために、指示をあたえてチームメンバーに任せるという経験もするだろう。

そう、これは時代劇の姿を借りた企業小説なのだ。そして企業小説だからこそ、組織の論理で理不尽な仕打ちをうけたり、上司から問題を丸投げされることなど日常茶飯事。有能であればあるほど同僚に敵視される
牢屋はまさに追い出し部屋。情実人事で敗れ去った有能な人間が職を取り上げられて押し込められる場所といえる。会社で理不尽な思いをした人ほど、主人公の一角に入れ込んでしまうことは間違いない。

普段は時代小説を読まない方でも、すんなりと入っていける。事実、山本周五郎の「樅の木は残った」以来、10年は時代小説を読んでいない私でも楽しめた。
さらに本作は、実際におきた出来事を下敷きにして書かれている。荒川など、地元民ならにんまりしてしまう地名も出てくるので、さくら市や那須烏山市の住民なら、なおさら楽しめるだろう。


喜連川藩を取り上げるとは、作者も那須郡出身かと思ったら、稲葉稔氏は熊本出身だそうだ。キャリア初期にはシティーハンターのノベライズや架空戦記ものも執筆していたようだ。空想の翼を広げるのが得意な方なのだろう。そんな作者に拾われた喜連川藩は幸運であったろう。すでに三冊既刊とのことで、続きを読むのも楽しみなシリーズだ。

 

また、喜連川藩の容赦ない?金策ぶりを描いた「貧乏大名“やりくり”物語 たった五千石! 名門・喜連川藩の奮闘」という書籍も発売されている。こちらも気になる本だ。

どちらも2016年以降に発刊されている。本当に喜連川に風が吹いているのかもしれない。
…もう、喜連川という自治体はなくなってしまったが(現在はさくら市)

(文/赤蟹)


赤蟹

スベスベマンジュウガニ並みに猛毒を吐きまくる赤い蟹の人。「てらどらいぶ」の裏ボス。サイト管理とコーディング、デザインなどを担当。文章を短くできないのが悩み。

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