【ネタバレあり】青春の残照と苦さが口に広がる…古典部シリーズ評(その2)


※画像はAmazonより

最近ドッパマリしている古典部シリーズレビューの続きです。
若干ネタバレがありますので、未読かつこれから読んでみようと思う方はスルーでお願いします。

■クドリャフカの順番
タイトルからして号泣必至。もちろんわふーの方ではありません。お星様になっちゃった方です。

作りすぎた氷菓(文集)を販売(完売)するために奔走する古典部メンバー。その一方で各部の備品が盗まれる事件が発生。現場には○○部から、既に○○○は失われたというメッセージカードが必ず残される。この盗難事件を文集販売と結びつけようと考えた古典部は、事件の主犯と思われる怪盗十文字を追うことになる。
一方、摩耶花は漫画研究部の勢力争いに巻き込まれ、昨年の文化祭で売られていた「夕べには骸に」という同人誌を持ってくると約束する。その「夕べには骸に」は、奉太郎の姉、供恵の手により奉太郎の手元にもたらされる。
この「夕べには骸に」の後書きに書かれた「クドリャフカの順番」というキーワードから事件の真相を推理した奉太郎は、怪盗十文字の正体に迫っていく。
その犯人とは、総務委員委員長の田名部だった。彼は「夕べには骸に」の背景担当であり、次回作「クドリャフカの順番」の完成を待ちわびていた一人だった。しかし作画担当の生徒会長、陸山はそのシナリオすら読もうとはしなかった。不世出の傑作となるはずの「クドリャフカの順番」を惜しみ、才能をもてあましていながら次回作を作ろうとしない陸山に焦れ、怪盗十文字としてメッセージを送ったのであった。

この作品のテーマは、対立と期待ではないかと思います。

この作品には、多くの「対立」が存在します(ここでの対立は敵意ではありません)。

まず奉太郎と里志。古典部入部以来、意外な才能(推理力)を発揮した奉太郎に対し、データーベースを自認していた里志が挑んでいくというもの。奉太郎という「安楽椅子探偵」にはない機動力で出し抜こうと画策するも、逆に怪盗十文字に出し抜かれ、その尻尾さえ捕まえられず。結局は奉太郎に協力し、事件解決を「期待」することに。

次に摩耶花と漫画研究部の先輩である河内亜也子。「夕べには骸に」という作品を軸に、「名作になるべく生まれる名作」というテーマで「対立」します。摩耶花も河内先輩も「夕べには骸に」という作品に(視点は違うものの)思い入れを持っています。が、単純に名作にあこがれる摩耶花と違い、河内先輩はより複雑な感情を抱いています。その真相を知った時、摩耶花は涙を流すことに。

そして総務委員長の田名部と生徒会長の陸山。親友同士であり、また「夕べには骸に」の制作スタッフであった二人は、シナリオの安城が残した「クドリャフカの順番」という作品を軸に、「対立」します。しかしその対立は、田名部が一方的に陸山に向けた「期待」であり

この三つの対立には「かなわない」という感情から生まれる期待、そして羨望があります。例えば里志が自力で犯人を捕まえられる力があれば、例えば河内先輩が安城のシナリオを超えることができたなら、あるいは田名部一人でクドリャフカの順番を仕上げることができたなら、それぞれの対立軸は存在せず、よって怪盗十文字事件も発生することもなかったはずです。

友人の力に羨望、さらに己の力の至らなさに絶望(というほどでもないのですが)し、それでも「期待」してしまうという思春期にありがちな矛盾した友情。それでも友達としてやっていけるのなら、些細な感情の一つに過ぎないわけですが、そういう近い者への嫉妬心は誰でも味わったことがあるはず。それを乗り越えてこそ本当の友情となるのですが。

特にアニメ版は、奉太郎が怪盗十文字と「対立」する際、偶然通りがかった里志がその会話を聞いてしまうというアレンジがされています。その会話を盗み聞く中で奉太郎にも、そして怪盗十文字にも勝てなかったと知った里志の敗北感は本当にやるせなく、少し可哀想でしたね…。

 

■遠回りする雛

原作は短編集で、アニメ版では時間軸に沿ってエピソードが加えられるという構成になっています。どのエピソードも面白いのですが、やっぱり本命は、この本のタイトルにもなっている遠回りする雛でしょう。

千反田さんの依頼で生き雛祭りの傘持ちをやることになった奉太郎。しかし正規ルートである長命橋が工事中となり、遠回りの別ルートを通ることに。そこには狂い咲きの桜があり、舞い散る桜の花びらの下で雛の装いをした千反田さんを見て、奉太郎は長らく千反田さんの抱いていた感情の正体を知ることになります。

終盤で語られる「千反田家」という旧家の影響力と責任、それを背負おうとする千反田さん。そんな千反田さんの人生の支えになりたいと、ふと思ってしまう奉太郎。

青春ですね。はい。

アニメ版は映像の美麗さもあいまって、二人の距離感、奉太郎の逡巡が胸に迫りました。お互い両思いなのに、言い出せない。とても初々しいです。

しかし、二人の間には「千反田家」という精神的に大きな壁があります。どのような関係になるにせよ、名家が背負う様々なや責務や社交を抜きに、二人の仲は進展はありえませんし、解決できずに進展してしまえば、なおさら悲劇的な結末を迎えてしまうような気がします。

このあたりは最新刊の「いまさら翼といわれても」でも触れられることになるのですが、それはまた次のレビューで。

(文/赤蟹)


赤蟹

スベスベマンジュウガニ並みに猛毒を吐きまくる赤い蟹の人。「てらどらいぶ」の裏ボス。サイト管理とコーディング、デザインなどを担当。文章を短くできないのが悩み。

コメントを残す