昨日の読売新聞オンラインで、サブスク解約についてのニュースが掲載されていました。
サブスク「契約は容易なのに解約は困難」…解約方法の分かりやすい表示、努力義務に(読売新聞)
最近のサブスクブームに伴い、解約や退会に関するトラブルが増えてきたことを受けて、ついに政府が動き出したという形です。
でも、かつて携帯キャリアの「公式サイト」に携わってた私からすれば、それこそ「10年遅い」と言わざるを得ない話でもあります。
すでに「今は昔」の話なので、公式サイトとは何か説明しますと、携帯電話でネットをする場合、キャリアが提供するポータルサイトがホームページとして表示される仕組みでした。
このポータルサイトに掲載されるには、各キャリアから公式サイトとして承認を得る必要がありました。また、キャリア決済で月額利用料やコンテンツ販売ができるのも公式サイトのみでしたので、携帯電話でインターネットビジネスをするには公式サイト承認がマストであり、そのために各事業者はキャリアからの苛烈な要望に応え、なんとか承認をいただくという大変な時代があったのです。
実は私は、楽天の前にはゲーム会社に勤めていまして、携帯電話向けのゲームサイトを運営に携わっていたこともありました。楽天時代もモバイル事業だったので、10年以上この「キャリア公式サイト」のビジネスに従事していたことになります。
さて、この公式サイトはほとんどが月額制という、今のサブスクと変わらない収益モデルを採用していました。ゲームサイトの場合、月300円で遊び放題とか、着メロサイト(なんだか懐かしいですね)なら月300円で取り放題などです。
月額制でユーザーを集めるには、当然毎月それだけのお金を払ってもいいと思えるようなコンテンツを確保しないといけないので、一見売り切りよりも収益性が低くなるように思えます。
しかしこの月額制は、「入会したままサイトも利用せず、そのまま解約を忘れるユーザー」、業界用語では眠り会員と呼ばれるユーザーが集まると、安定して収益を出せるという大きなメリットがありました。
そのため、各サービスはいかにこの眠り会員を集めるかに躍起になっていました。キャリアに下げたくもない頭をさげ、大きな広告費を投じて集めたユーザーに逃げられてはたまらないので、各サービスは「(退会することに気づいたユーザーを)いかに解約を困難にするか」という方法に血道をあげていました。
解約するためのリンクがなかなか見つからないのは当たり前、ようやく見つけた解約リンクを叩いてみれば、何度もループする複雑な遷移を乗り越え、いくつもの長文のアンケートを書かないと退会できない仕組みが待ち構えていました。
このような極悪な解約防止策は当然ユーザーからの不満を買いましたが、公式サイトを公認するキャリアにしても、公式サイトの売上からあがりを徴収できるビジネスモデルであったため、積極的な規制に動くことはありませんでした。
こうして「入るは簡単だけど出るのが難しい」と、アメリカの大学みたいな公式サイトが乱立したわけですが、太平洋を渡ってきた黒船たるiPhoneが発売されると、これまでこの世の春を謳歌していた携帯電話はガラケーなどと呼ばれるようになり、ガラケーを作っていた家電メーカーは携帯電話開発から次々と撤退し、公式サイトも消え去ることとなりました。
当たり前のことですが、誰もがこの阿漕な公式サイトのやり方に、少なからず不満を持っていたのでしょう。
こうして平和な時代が10年ほど続いたころ、再度黒船の来週により「サブスク」なる概念が持ち込まれ、かつての悪しき「退会できない」サービスの時代が再来することになってしまいました。
そこで今回の努力義務となったわけですが、長らくこの手のサブスクビジネスをやってきた身からすれば、今更退会をしづらいようにすることそのものがナンセンスだと思うのです。
ガラケー時代とは違い、今はSNSがあります。意地悪な退会手段を使うサイトは、その不快感を容易にネットで晒される時代です。一人の客を逃したくないために妨害に妨害に重ねた結果、数千人の人間に悪辣な手段を暴露されるというリスクがあるわけで、悪事千里を走るではありませんが、たかが退会の方法一つで多くの潜在ユーザーを失う結果になりかねません。
特に日本人は保守的で慎重なので、特に高額なサービスほど事前情報をできるだけ集め、慎重に入会を検討します。そこで「退会しづらい」というケチがつけば、それだけで客を逃す危険があるのです。
実際、私が所属していた会社では、ユーザーサポートの電話の多くが「退会できない」というクレームと退会方法を尋ねるものでした。
これは、当時勤めてた会社の社長が「退会方法が分からなければ、ユーザーは退会しない。退会リンクを隠せ。なんならなくしてもいい」と平然と言ってたくらいなので、このようなクレームが絶えなかったのです。
社員のほとんどが、その社長の方針に不快感を抱いてたわけですが、中の人間でもそうなら、ユーザーはなおさら不快に思うわけです。その頃はようやくTwitterが日本に上陸し、アーリーアダプターのおもちゃになっていた時代なので、その不快感がシェアされることはありませんでした。
しかし今は下手にバズればメディアに取り上げられたりして大きく拡散してしまうリスクすらあります。
そんな中で、退会リンクを隠す、リンク先でも様々な妨害を行うなどやるのは下策に過ぎないのです。
せいぜい、今後のサービス運用の参考として、退会理由などをラジオボタンで選択させるにとどめ、気持ちよく送り出したほうが、次の再利用を促せるかもしれません。
サブスクブームになって、公式サイト時代の夢よもう一度、と思っている事業者もいるかもしれません。しかし、今は有料サービスばかりではなく、基本無料で質の高いサービスを提供する事業者も多いです。
キャリアに守られ、護送船団で好き放題ユーザーの退会を妨害できた時代とは違うのです。価値観をアップデートできなければ、今後は生き残ることは難しいのではないでしょうか?
ネットビジネスを取り巻く状況として、今はいい意味でユーザーがわがままになっています。
質の低いビジネスは駆逐されますし、どれだけ良いサービスを提供しても、退会フォーム一つでケチがつき、そこからほころびが生じることもあります。
一つのサービスで不快感を持ったユーザーが、その会社のサービス全てにヘイトを持つということも少なくありません。
神は細部に宿るといいます。
そして退会フォームは細部と言うほど、小さな部分ではありません。辞めるユーザーにも最後に最高のもてなしを行い、会社全体の評判を高めるということも、大切なのでしょうか?