45歳定年制と種籾を喰う日本の経営者

先日、サントリーHDの新浪剛史社長が「45歳定年制」を提唱して話題となっています。

ネット上の反応を見ると様々な意見があるようですが、日本人の大半をしめる使用者側の人達からすると、とんでもない意見だとする見方が多いようです。

私は40代で独立し、現在ではしがない個人事業主をやっています。なので私個人としては、大企業に所属している45歳が独立できる程度の力も蓄えていないのはいかがなものか、と思うところはあります。

大きい企業に所属するメリットは、「人脈を広げやすい」「大企業ならではの大きなプロジェクトを体験できる」「大企業の人間として見てもらえるので丁寧に扱ってもらえる」「独立後に前歴を活かしやすい」等いろいろあります。中小で働く人よりは独立する素地を鍛えやすいというのが、大企業に所属するメリットの一つではないかと私は考えています。

例えば、私はよく「人脈は金脈」という言葉を使っていますが、まさに大企業に所属しているということは、その金脈を広げるチャンスにあふれているといえるでしょう(もちろん、所属部署にもよりますが)。

そういう観点から言えば、45歳定年制もいいのではないかと思うのです。

ただ問題なのは、新浪氏の発言が、45歳定年制にアジャストした給与体系や人事体系を整備せずに、単に「45歳になったら会社から出ていってください」程度にしか聞こえなかったことです。

これではいくらなんでも、会社側に都合が良すぎます。

発言が物議を醸し出したあと、後付のようにミドルのキャリアプランがどうこうとか、ベンチャー企業への流動化を図りたいなどと言い出しましたが、本音としては給料が高くなるミドル以上の社員を人件費圧縮のために解雇したいという一心だったのではないでしょうか。


日本はかつて終身雇用を良しとし、その制度に基づいた人事給与体系がとられてきました。

すなわち、新卒時には給料は安く、在籍期間に応じて給与が高くなっていくという、いわゆる年功序列のシステムです。

ゆえに、これから給料が高くなるという40代以上は、企業の財政を圧迫することになります。しかし労働者側からすれば、これまで安く働いた分、40代以上でこれまでの苦労に見合った高給をもらわないと割に合わないということになってしまいます。

なので仮に45歳定年制を導入するなら、少なくとも初任給からして現在の30代程度の水準の給料を払う必要があると思うのですが、日本の経営者は、新卒なり中途採用の人間に高い給料を払いたいという気持ちをあまり持ちません。

なので45歳定年制は、どこまでも「年功序列システムを温存した」企業にとって都合が良く、後からキャリアパスがどうこうとか、ベンチャーに行って新たな生き方を、などと言っても、全部綺麗事にしか過ぎないのです。

しかし45歳定年制を提唱した新浪社長にしても、人事システムの見直しから始める気は毛頭ないでしょう。やりたいことは単なるコストカットなので、会社のシステムを一新するまでやらないのではないか、と私は思うわけです。


しかしサントリー以前にも、NECやパナソニックなどが40代の早期退職者を募ったり、ソニーが評価の低い社員を集めて朝から強制的な転職活動をさせるなど、40代以上の社員に対する「放逐」は始まっていました。

かつて会社はクラン(氏族)のようなもので、様々な年代の様々な人達が集まる場所でした。年長者は若者にスキルを教える役にまわり、会社全体の組織力をあげていたわけです。

しかしバブル崩壊後、どこからともなく現れた「人件費は悪」という風潮に流され、会社というクランは壊滅。リストラの嵐が吹き荒れ、熟練社員を追い出し、また若い人たちは雇い止めに遭い、不本意ながら非正規雇用に回らざるをえない状況となりました。

そして日本企業は、底力の源であった組織力を失ってしまいました。

人という資産を失った日本企業が転落の坂を転がり落ちるのは、それはもう早かった。

ただただ数字を見ることしかできなかった大企業の経営者たちは、一時は世界経済を席巻した大企業をことごとく衰退させ、21世紀に入りある程度経済が立ち直ってきたにも関わらず、リストラと事業縮小や売却でしか生き残ることができなかった。ひたすら会社を小さくすることで、生き残りを図ったわけです。

しかし社員も主要事業も売却し、会社だけ残して何になるというのでしょうか。


このような大企業の、自分の足を食べる蛸の如きふるまいを見て、優秀な学生たちはどう思うでしょうか。

きっと瀕死の老象が、プライドを失い、ただ生きるためだけにもがいてるように見えていることでしょう。

そもそも45歳以上の社員を追い出すような会社に、自分の将来を預けたいと思う学生がいるでしょうか?

新浪社長は「45歳定年制にすれば、社員たちは20代、30代で勉強するようになる」と言ってましたが、そんな優秀で向上心のある人材は、まず45歳定年制なんて馬鹿げた制度の会社を選ばないでしょう。

そうなれば社員の質は下がり、会社の業績はますます下がることになる。

「人件費は悪」と考える風潮の最も悪しき部分は、会社は人によって動いているという本質を度外視しているところだと私は思っています。

効率的かつ合理的な経営が推奨されて久しいですが、ゆえに数字上でしか経営を把握できなくなり、その数字の中に人がいるという感覚を忘れてしまった経営者が多くなったのでしょう。

そして大企業である傲慢さだけが先走り、45歳以上はいらないという放言をしてしまう。自分の会社は大企業だから、人を粗末に扱っても希望者はたくさんいるという感覚なのかもしれません。

しかし選ぶ方も人であり、自分を粗末にする会社は選ばないですし、年功序列制の都合のいいところだけ使って、自分を安く使おうとする会社は選ばないでしょう。

特に、いくらでも声がかかる優秀な若い人ならなおさらです。


はっきり言えば、この45歳定年制というものは、「未来を棒に振って食べる種籾のリゾット」なわけです。

この言葉は、今人気のソーシャルゲーム「ウマ娘 プリティダービー」のイベントで、ゴールドシップというキャラクターが言い放つセリフです。

元ネタは北斗の拳に出てくるミスミのじいさんです。

ミスミのじいさんは食糧難にあえぐ村のために、一週間なにも口にせず種籾を届けようとする人物なのですが、ケンシロウに「(種籾を)食べたらなくなってしまうが、種籾があれば毎年毎年米ができる」と語り、今より明日、未来の豊かさこそ大切と説くのです。

残念ながらミスミのじいさんは種籾を食べようとするシンの配下であるスペードに襲撃され、地面に散らばった種籾を見て「あ…明日が…明日が…」と印象的なセリフを呻くようにつぶやきます。

北斗の拳の舞台である世紀末の過酷さと人心の荒廃を見せつけつつも、それでも明日を諦めない人達がいるという印象深いエピソードです。

北斗の拳のスペードはケンによって倒されますが、ウマ娘のゴールドシップは種籾をリゾットにしてご満悦というわけです(笑)。

つまり、目前の利益と費用の圧縮ばかり考えている新浪社長の発想は、このゴールドシップの未来を棒に振って食べた種籾のリゾットと一緒なわけです。しかも奪った種籾を食べたゴールドシップとは違い、自社の蓄えを食べたのだから、なおたちが悪いといえるでしょう。

45歳定年制も、導入したときには45歳以上の高い人材を追い出せるからいいでしょうが、上にも書いたように、いずれこの会社の人事制度は否定的に思われ、優秀な若い人たちがこなくなり、やがては会社の衰退を招くことになるでしょう。会社の信用と組織力という種籾を、新浪社長は食べてしまったというわけです。

大企業だから黙ってても人が来る時代なんて、それこそベンチャーが勢いづく今にあっては、もはや幻想でしかありません。

もっとも、ここ30年近く種籾のリゾットを食べ続けたのが日本の大企業なので、今更という気もしますが、ついにここまで堕ちたのかとため息をつかざるを得ませんでした。

もっとも、新浪社長はサントリーの生え抜きというわけではなく、三菱商事からローソンへと渡り歩いている人物なので、サントリーの種籾のことより、自分の実績の方を大切にしているかもしれませんけどね。

次はその手柄をもって、より良い会社の社長の座に収まろうという腹かもしれません。


新浪社長は45歳で定年したら「ベンチャーに行け」と軽々しく言いますが、若い人が多いベンチャーが熟年者を中途採用するのは心理的障壁も高いものです。それこそ人件費に割ける予算も大企業ほど潤沢ではないでしょうし、大企業出身のプライドが高い、めんどくさそうな熟年者を雇うなら、同じお金で若くてスキルのある人を雇うはずです。

また再就職する熟年者側も、今更若い人の会社に入り、若い人たちに使われるのを良しとするでしょうか?

この新浪社長の発言、結局使えない熟年人材を新興企業に押し付けようとしているようにしか見えないんですよね。それで自分たちはフレッシュな人材だけを使い倒して会社の業績をあげたいと。

考えていることが邪悪すぎて笑いさえ出てしまいますが、こんな発言を日本を代表する酒造メーカーの社長が言ってしまうようになったのですね。もはや諦観しかありません。


TOKIOの「宙船」という歌に「おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールを任せるな」という歌詞があります。45歳以上の人間はいらないという社長は、まさに「おまえが消えて喜ぶ者」です。

大抵のリストラなんて経営陣の失策が原因なのです。自分の失策を社員にかぶせるような社長にオールを任せてはダメなのです(できれば会社のオール自体も任せたくないところですが)。

日本企業はこれからも衰退し、世界経済の中でプレゼンスを失っていきます。そんな中で、どの会社を選ぶのか、そして会社から追い出された時に生きていく力をどう身につけるのかは、これまで以上に必要になってくるものと思われます。

結局、最後に頼れるのは己の力だけです。日本経済の衰退を悲嘆しても我々は生きていかなければならないのです。

自分のオールを自分で漕げる力を身につけ、種籾を食べてしまう会社は選ばないようにして、賢くビジネスライフをサバイバルしていきましょう。

6年ぶりに中華鍋で炒飯を作りました

私はもともと料理が好きで、自宅に20種以上の鍋やフライパンがあるくらい、料理にハマっていたこともありました。

しかし、6年前に仕事のしすぎてメンタルを壊してしまい、以来全く料理ができないという状況になっていました。

そんな状況が変わったのはコロナによる自粛が始まってからです。

飲食店が行政の指示により夜の営業ができなくなったため、自炊せざるを得ない状況になってしまいました。

最初は冷凍食品や、スーパーのお惣菜など食べていたのですが、これらの料理は美味しくても味付けが濃いため、最初は美味しくてもだんだんと飽きてきます。味覚も刺激ですから、どんどん慣れてしまうわけです。

そんな自粛が断続的に一年も続いてきた結果、これまで全くやる気が起きなかった料理をしてみようという気持ちになってきました。

しかし体のリハビリと一緒で、いきなり最盛期のような凝った料理はできないので、簡単なところからはじめました。パスタや蕎麦を茹でるとか、料理とは言えないところからです。

そこからいろんな簡単な料理を経て、ようやく炒飯にたどり着きました。

その炒飯も、深めのテフロンフライパンを使って簡単に作っていたのですが、昨日ちくわぶ料理研究家の丸山昌代さんちくわぶの世界の著者でもあります)が美味しそうな自作炒飯の写真とともに、鉄のフライパンで作る必要性を主張されたツイートをしているのに感化され、久しぶりに中華鍋で炒飯を作ることにしました。

中華鍋は、料理に凝っていた時に購入した山田工業所の本格的なものです。

そして中華鍋の「熱さ」を活かすため、近所のスーパーでラードも購入。テフロンフライパンのときはごま油一択でしたが、丸山さんからの「両方使うと美味しい」とアドバイスを受け、真似して両方入れてみました。

ネギは蕎麦などの薬味用に売られている刻みネギ、肉はスーパーで本日特価で売られていた鶏チャーシューの切り落とし。味付けは北区が誇る調味料会社「あみ印」の炒飯の素です。

家庭用のガスコンロの火力には限りがあって、お店のようなパラパラ感までは難しいのですが、ラードと鍋の性能のおかげでそこそこ本格的な炒飯ができました!

たかが炒飯を作っただけの話なのですが、ここまでくるのに6年かかりました。
6年たって、ようやく中華鍋を使えるところまで回復したのです。

もう料理もしないしと、鍋たちを処分することも考えたのですが、料理ができるようになってくると、やはり料理は楽しく思えてきました。

どのみち自粛は続きますし、このまま料理を続けようと思います。今度は、以前みたいに叉焼から作ってみたいですね。


ところで、料理を面倒くさく思ってしまう原因の大半は、料理後の後片付けにあると思っています。

特にメンタルを壊してしまうと、仕事はおろか、家事や日常生活まで面倒くささを感じてしまうようになります。

私もメンタルを壊して6年たちますが、いまだ完治とは言えない状態です。料理ができなかったのもこのためです。

今回の自粛でやむにやまれない状況に追い込まれ、ようやく料理を再開することができたのですが、不思議とこれまでのような面倒さを感じず、以前のような楽しささえ覚えるようになってきました。

これは治療の成果でもあると思いますが、一番の理由は「食器洗い乾燥機」を購入したことです。

昨冬にアルコール消毒のせいで手が荒れてしまい、水仕事ができなくなったのが購入理由だったのですが、これのおかげで自炊に感じるめんどくささが驚くほど減りました。

何しろ、料理と食事が終わったら、シンクで食器を軽く流して食器洗い乾燥機に入れるだけで、食器がピカピカになります。むしろ洗い残しがないので、手で洗うよりもキレイになる印象。

以前から友人に購入を勧められていたのですが、まさかここまで便利だったとは。

「こだわらないで手を抜く」という行為は、社会復帰や再起のきっかけになるなと思いました。


「ちゃんとやろう」とするから面倒くさくなったり、うまく出来なかった時に落ち込んだりするわけです。

なら、面倒な手順をスキップできる手段を考え、機材などの導入などで「的確に手を抜く」ことで、何かを始める心理的障壁を下げることができます。これは料理に限った話ではありません。仕事もです。

日本人は精神論が好きなので「神は細部に宿る」とばかりに、目に見えないところにまで気を配りがちです。それは素晴らしい考えだと思いますが、本当に重要なのはアウトプットであり、細部にこだわっても結果が変わらないのなら、作業のダウンサイジングも必要だと私は考えます。

重要でない工程を省くことはヒューマンエラーを減らすことにもつながるので、本来症例されるべきことだと思うのですが、相変わらず精神論が横行し、後輩や部下いびりに修行と称して「不要な作業をやらせる」ことが続く不効率な日本社会では、「この手順いらなくない?」というとイヤな顔をされたり、評価さげられたりしがちです。

そういう効率の悪さが、あらゆる仕事のコストをあげ、メンタルを壊してしまった人の社会復帰などを阻んでいると理解されるといいなと改めて思った次第です。

効率のいい生き方をしたいものですね。

電脳おでん村正

半年ぶりの投稿となってしまいました。

お正月の投稿で「予告」していました新規事業ですが、2月に緊急事態宣言が発令し、先日まで継続していたことで完全にお流れとなってしまいました。

何をやろうと考えていたかというと、実は「レトロゲームが遊べるおでん屋」をやろうと考えていました。

去年のコロナ不況はIT企業やWeb制作会社にも大きな影響を与えました。うちのWeb関連の仕事はほとんどが請負仕事です。そのため、自粛要請によってイベントが中止に追い込まれたり、商品の販売を延期や中止するという事態になると、お仕事が立ち消えてしまうことも多々あります。

また、そのような理由によって仕事が減ったため、官公庁の仕事の入札倍率が爆上げしたりと、不景気を実感させる出来事が続きました。

そんな流れから、やはり、自分で何かしらのビジネスを動かしていないと、不安だと思ったわけです。

独自のビジネスといえば、一昨年まではライブハウスでイベントなども運営していたのですが、こちらもコロナで開催自粛がされる中で立ち行かなくなってしまいました(お世話になっていたライブハウスからの悲痛なメールも頂きました。力になれなくて申し訳ない…)。

なので、本来なら得意分野のWebで新しいビジネスを立ち上げるのがベターなのでしょうが、逆にコロナの影響で融資等の条件が甘くなっている中で、逆にこれまで経験のない分野に飛び込むにはチャンスかと思ったわけです。

では、なぜおでん屋なのか。

おでんは北区の名物です。まだ世間に認知されているレベルではないのですが、区もおでんの日を設定するなど、積極的なプロモーション活動が行われています。
私もそのおでん広報活動の末席に座っていたりするのですが、Webで広めるのにも限界があると感じたことと、一度リアルの店舗を運営してみたいと思い、自分でおでん屋をやることに決めたのです。

しかし、ただおでん屋をやるとなると、素人の私では太刀打ちできないので、アミューズメント的な要素を取り入れられないかと思案した結果、私が好きなレトロゲームと組み合わせてなにかできないかと考えました。

企画ができてからは、機動力に自信のある私、動くのはとても早かったです。

東商や区に相談に行ったところ、これまでにない店舗とビジネスモデルとの事で、多岐にわたるサポートをしていただけました。

一方で私も、レトロゲームで定評のあるBEEPさんにゲームの仕入れの話をしたり、某大手ゲームメーカーとコラボの話を進めるなど、精力的に準備に取り掛かっていました。

また、お店に飾るポスター用イラストや、看板などもデザインしてもらい、準備は着々と進められていました。

お店の名前は「電脳おでん村正」にしました。
村正は、私が好きなゲームの最強武器からもらいました。電脳は「なんとなく80年代感ある」ということでつけました。あの頃はコンピューターっぽいものは、なんでも電脳と呼んでましたよね(笑)。

しかし年も明け、お店のオープンはコラボの関係もあり3月に決め、あとは物件を決めれば準備完了という段階になり、にわかにコロナ感染者が急増。緊急事態宣言が発令され、3月の開店は絶望的となりました。

結局、オリンピックを前に不自然な形で解除されるまで緊急事態宣言は6月まで続いてしまいました。そして解除後も、酒類提供は19時までなどの厳しい制約が課せられ、飲食店を開くには難しい状況が続いています。

実は計画していたコラボについては、3月にやってこそだったのですが、こちらも完全に旬を過ぎてしまい目新しさがなくなってしまいました。

私の見込みも甘かったのですが、おでん屋を計画した去年の11月ごろは、Go toトラベルやGo to Eatsなど、様々な観光復興策が打ち立てられる中で、回復ムードもありましたし、うまく行けば道も開けると思ったのですが、どうやらこの賭けには負けたようです。

正直、政府や都のコロナ対策というか、緊急事態宣言の曖昧な運用方法などには非常に不満があります。
出店について相談に乗ってくれたおでん屋の店長も、緊急事態宣言発令直前に開店しなくて良かったと、むしろ運が良かったと思ったほうがいいと言ってくれました。

その緊急事態宣言も、なんの目的や落とし所もないまま6月までダラダラと続くとは思いませんでした。

飲食店経営者は皆疲弊しまくっています。特にお酒の提供をメインにしているところは、食事やテイクアウトなので凌いでいますが、お酒という原価率の低い商品で利益が出せないので非常に苦労しているようです。

飲食店ばかりではありません。飲食店を主な取引先にしていた酒屋や食材店や流通、果てはそこに農水産物を供給する第一産業まで、需要不足により大きな影響が出ています。

その影響はまわりまわって、私がいるWeb系、IT系まで及んでいるわけですが、。今の政府や都はオリンピックの開催にばかり頭がいって、国民にお願いをするばかりで不況対策を打たない様子ですね。

「お酒が出せない」ことで市井の飲食店が苦しんでいる中、後に撤回されましたがオリンピック会場ではお酒販売OKと言い出した政府や都の言い草は、スポンサー契約があるとはいえ、さすがに正気を疑います。

緊急事態宣言を発令するならキビキビとやるべきでしたし、その影響で経済が沈むのは分かっていたのだから、もっと積極的に財政出動するなどすべきだったのではないでしょうか。

なんにせよ、おでん屋を開くのはしばらく先、次に寒くなることかもしれません。そうしたらぜひ、遊びにきていただけると嬉しいです。

また、ポスターや看板の素材だけ作ってしまい、このまま寝かせるのも勿体ないので、主に北区のなにかを伝える「電脳おでん村正」のYoutubeチャンネルも作りました。こちらもぜひ、登録していただけると嬉しいです。

https://bit.ly/2Sz1dDL

あけまして、おめでとうございます。

今年もよろしくお願いいたします。

年末から新型コロナが猖獗していますが、今年こそは状況が改善し、みんながハッピーに過ごせる年になるといいな、と思っております。

振り返れば去年は、コロナでいろいろ大変な目にあいました。
見積もり出していた仕事がなくなったり、人間関係のトラブルに巻き込まれたり。

一方で人の優しさに触れることができた一年でした。そして、多くの才能がある人とも出会えた一年でもありました。

これは私の持論なのですが、どんな時でも何かに向かって動いていれば、それを助けようとする人が必ず現れます。

そのような人たちを手を結んで、明るい未来を作っていけたらいいなと思っております。

今年は3月頃から新規事業に取り掛かります。

正直、新型コロナ下でうまくいくかどうか分からない事業ですが、おかげさまで区や東商の方々をはじめ、様々な方からサポートをいただいております。

具体的になにをやるかは、もう少ししたら発表したいと思っておりますので、ご期待いただければ幸いです。

それでは今年も、てらどらいぶを、よろしくお願いいたします。

コロナのせいで省庁の仕事が大人気らしい…。

てらどらいぶは全省庁統一資格を取得しております。
この資格を持っていると、全部の省庁からの仕事を請け負えるようになります。

ですので実績にもあるとおり、当然省庁の仕事も請けているわけですが、そこで最近感じることは、ともかく省庁の公募に応募してくる企業が増えたということです。

例えばとあるサイト制作の公募では、去年は2~3社の応募だったのに、今年は10社以上が応募してきたとか、こんな話がざらとなっております。
中には、こんな少額の売上規模の仕事に、そんな大手が入ってくるの? みたいな事も。

うちのような個人事業主には、大変しんどい状況となっています。

コロナによって仕事が減り、長期化が見込まれるコロナ禍の経済不安から、手堅い省庁の仕事は魅力的に見えるのでしょう。そのため、普段ならスルーするような事業にも参入してくる会社が増えたということかと思います。

コロナが経済に与えている負の影響を如実に感じてしまいますね…。

省庁の仕事は、例えば年度をまたいで継続されていく仕事であったとしても、都度公募を行うというカタチになっているので、去年の業者が今年も受注するとは限らないという面があります。

省庁の担当者からしても(関係性がよほど悪くなければ)去年の業者に引き続き仕事をやってもらう方がラクなのですが、税金を使って事業を行っているため、特定の業者と随意契約をして継続的に仕事をしてもらうというのが難しいのでしょう。

逆を言えば、年度ごとに公募があるため、技術やアイデアがある会社にとっては仕事を得られるチャンスなわけです。

また、一般企業相手のように、営業をかけたり、人間関係を構築しなくても企画競争にさえ勝てば仕事がもらえるということもあり、特に営業力が弱い小さな会社には魅力的に映るかも知れません。

ただ、省庁の企画入札にはプレゼン費は支払われないので、不採用となったら完全に手弁当になるリスクもあります。サイト制作の企画入札となるとラフまで作って提出しなければならないため、企画書やその他書類の用意も含めて割に合わないことも多いです。

それでも競争相手が2~3社程度ならなんとかなるかな、と思えるところですが、10社以上応募とかがザラになってくると、リスクの方が大きくなってきそうです。

サイト制作でこれだと、ポスターやパンフレットの公募などはもっとすさまじい事になってそうですね。参入障壁が低いですし、今はコロナで老舗の印刷会社が解散するご時世ですし、苛烈な競争が起きていそうです。

なんにせよ、官需をあてにしていた個人事業主や小さな企業には行きづらい世の中になってしまいました。

果たして、デービッド・アトキンソン氏が言うように、中小企業が整理される日がくるのか、それとも国が投げ銭して我々を助けつづけてくれるのか、大変興味深いところです。菅内閣の動向に注目ですね…。

ゲームギアミクロの「空箱騒動」。

先日発売されたゲームギアミクロ。
ゲームギアが手のひらより小さいサイズで再現された、往年のセガファン歓喜のアイテムです。

リアル店舗やECショップは、この記念すべきアイテムを販売するにあたり、特典をつけるなど力を入れていたのですが、そんな中で重大な事件が起きてしまいました。

楽天ブックス限定販売の「ゲームギアミクロ ピンズ&コレクションボックス」が、特典のケースとピンズのみ送られてくるという事態が発生したのです。

分からない人のために説明すると、ゲームギアミクロは4色別々の本体が売り出されました。色ごとに収録されているゲームも違うため、熱心なセガマニアは四色全てのゲームギアミクロを買う人も少なくありませんでした。

楽天ブックスでは、その四色のゲームギアを収納するディスプレイボックスと、そのボックスに飾れるゲームカートリッジを模したピンズのセットを、全色セットの特典としたわけです。

しかし、発売日当日購入者に送られてきたのは箱とピンズのみ。肝心の本体は入っていなかったのです。

元・楽天の中の人の私の推測ですが、おそらく楽天ブックスの事業部から、楽天ブックスの倉庫(楽天スーパーロジステクスという、楽天の物流子会社が運営している)にデータを送った際、どういうわけか特典のみを発送するというように判断されるようになってしまった原因ができたものと思います。

例えば商品名。

楽天ブックスの商品ページに登録されている商品名は「楽天ブックス限定 ゲームギアミクロ ピンズ&コレクションボックス 【4色セット購入特典:「ビッグウィンドーミクロ」】」です。商品名を見ただけでは、ゲームギアミクロ本体が含まれているかわかりません。

説明を読めば「ゲームギアミクロ ピンズ&コレクションボックス」がゲームギアミクロ4色セットの特典と分かるのですが、倉庫でオペレーションしている担当者は、商品サマリーまでは読みません。

勘がいい人がいれば「特典の空箱だけ送るの??」と疑問に思い、商品の確認もするでしょうが、残念ながら楽天ブックスの倉庫にはそこまで慎重な人はいなかったようです。一人でもセガマニアがいれば防げた事故だっただけに、残念でなりません。

そしてなにより、楽天ブックス事業部と倉庫のコミュニケーションがしっかりできていれば、こんな事故は起きなかったように思います。

楽天は内部に様々な事業部を抱える大きな組織ですが、同じ楽天の名を冠していながら、事業部同士の関係はそれほど良好とはいえない部分もあります。

まして楽天ブックスと楽天スーパーロジスティクスのように、普段から一緒に仕事をしている部門同士だと、長年の利害関係のいざこざが積み重なっており、簡単に手を取り合って頑張ろうってカンジにはならないものです。

それぞれの事業部にKGIなどが設定されているため、身内の事業部であっても目標達成のためには譲歩できない部分が生まれたりします。それが積み重なって怨念とまではいかないまでも、険悪な関係になったりもします。

でもそんな事情、事業部同士のコミュニケーション不足で事故って迷惑被ったお客さんからすれば、どうでもいいですからね。

ちゃんと仕事しろというしかありません。

まして今回のような記念碑的な商品の時には、しっかり密にコミュニケーションをとって、確実な仕事をしてほしいところです。


さて、この事故は、後に購入者に改めて四色の本体を送ることで解決した…かのように見えました。

しかし、私の友人(仮にAさんとします)には、新たな事件が発生してしまいました。

後から送られてくるはずのゲームギアミクロ4色が、到着予定日に届かなかったというのです。

おかしいと思い、配達を担当している日本郵政に問い合わせたところ、なぜかゲームギアミクロは以前住んでいた住所に送られていたとのこと。

Aさんは今回の商品の受け取りを「コンビニ受け取り」に指定していたのですが、後から送られる本体は自宅に送られることになってしまったそうです。

できれば同様にコンビニ受け取りの方が良かったのですが、Aさんも渋々自宅受け取りに了解し、当日は家で届くのを楽しみにしていたそうです。

しかし、結果はこのありさま。

Aさんは、日本郵政が必死に荷物を探してくれなければ、前の住所に送られていたことも分からなかったかもしれないと語ります。

なぜそうなったのか、楽天ブックスに問い合わせても答えられないの一点張りだったとのことで、諦めて今回の事故を事業部内に展開してください、ということで電話を切ったということです。


私は直接の被害者ではないので、この件について怒る権利はありませんが、元楽天の人間として、そして友人であるAさんの無念を推し量るに、こんな稚拙な事故がなぜ起きてしまったのだろうと、考えてしまいます。

多分なんですが、今回のインシデントを受けて、楽天ブックス事業部か倉庫の方で、本来の予約データとは別に、注文客の顧客情報を見ながら手作業で作ったんじゃないんでしょうか。

で、単に予約時の条件等を確認しながら発送すればいいものを、慌てていたのか、それとも他に事情があったのか、全員一括して自宅発送するという判断をして、Aさんの前の住所を参照して伝票を作って送ってしまったのでしょう。

コンビニ受け取りというオプションがある以上、なんらかの事情で自宅で受け取れない人もいるという想定というか、想像がなぜできなかったのか。担当者がテンパってしまって余裕がなかったなら、なぜ周囲の人間がフォローしなかったのか。

人間ですから、ミスは仕方ない。でも、そのリカバリーで再度ミスしてしまえば信頼を大きく失ってしまいます。それを防ぐために、会社はチームを組んで仕事をしているわけで、今回のケースを鑑みるに、本来あるべきバックアップやフォローのネットが張られてなかったような印象さえ受けます。

わざわざオリジナル特典を用意してまで売り出したアイテムですから、ゲームギアミクロという商品を軽んじたわけではないでしょうが、結果としては同義のようなことになってしまいましたね。

なんにせよ、Aさんの数年ぶりに使った楽天ブックスへの印象は最悪で、今後はもう使わないと言っています。
オリジナル特典の目玉商品を用意したのに、今後の継続利用も見込める復帰客を見事に逃してしまいましたね。

なんにせよ、今回の件を楽天ブックスや倉庫も深刻に受け止め、担当者一人責めておしまいみたいなやり方ではなく、防止策をしっかり講じてほしいなと思いました。

なお、この記事はあくまで私の推測です。事実と異なることもあると思います。あしからずご了承ください。

キャンプ道具とモノ作り意識。

最近、ちょっとしたデイキャンプをやろうと、キャンプ道具を集めています。

北区には荒川岩淵関緑地のキャンプ場もありますし、Amazonをのぞいて見ると、意外と安くキャンプ道具が買えるので、新規参入の敷居も低そう。

ポップアップテントにローテーブルを置いて、ケトルとバーナーでお湯わかしてコーヒー飲んだりカップヌードル食べるくらいなら、そこまでお金をかけずにできそうです。

しかし調べてみると、Amazonなどで流通している安い中国メーカー製のキャンプ道具は、どこかのメジャーメーカーが作ったツールをコピーして売っているものらしいとのこと。

知財関係の仕事をしていた私としては、初心者とはいえ、こういう商品を買うことに抵抗があったので、ちょっとお高いけど、しっかりとした(国内)メーカーのアイテムを買うことにしました。

もう一つ、国内メーカー製の商品を買うと決めた理由は、コピーの件を知る前にAmazonで購入した、マイナーブランドのロールテーブルの天板がへこんでいたことにもよります。

粗悪とまではいいませんが、知財云々以前にコピー製品を売る会社は生産管理体制がしっかりしていないんだなと感じました。

幸い、Amazonで返品を受けつけてくれたのでお金の無駄にならなかったのは幸いでした。

返金された金額に若干足して、改めてキャプテンスタッグのロールテーブルを購入することにしました。

キャプテンスタッグを選んだのは、メジャーメーカーであるということもありますが、その親会社であるパール金属を、私自身が非常に信頼していたからです。

パール金属は主に金属製食器やキッチンウェアを生産している会社で、本社は金属器で有名な新潟県燕市にあります。

以前、パール金属製の圧力鍋が壊れた際、無償で修理してくれた上に、フォークのセットを送ってくれたことがありました。
買って半年くらいで蓋から蒸気が漏れるようになり、圧力がかからなくなってしまったのですが、症状をメールで伝えたところ、修理対応してくれたのです。

そのため、パール金属は顧客を大切にしてくれる会社というイメージがあり、その子会社のキャプテンスタッグもきっと同じで初心者に優しいに違いないと思ったわけです。

そんなわけで、改めてキャプテンスタッグのロースタイルローテーブルを購入したのですが…。

こちらも残念ながら、天板に傷やへこみがついておりました。

使えなくなるような傷ではないのですが、こすっても落ちない汚れや表面加工のハガレ、ヘコミなどがついていました。

また、脚の方にも、塗装時についたと思われる指紋がありました。

使えないわけではないので、別に交換とかは希望しなかったのですが、これはこういうものなのかと思って、キャプテンスタッグに写真とともに問い合わせのメールをしてみました。

で、返ってきたメールがこれ。

要約すると、製造時に傷や汚れがつくけど、アウトドア用品なのでそのまま出荷しています、ということみたいです。

先述の通り、私はキャンプをやるのが始めてですので、傷があっても出荷してしまう商品に出くわしたことがなく、非常に驚いてしまいました。

確かに、野外で使うものだし、いずれは傷がつくでしょうけど、最初から傷がついてても問題はないよね、と言われてしまうと、今まで生きてきた常識からも考えづらく、大変モヤッとした気分になります。ましてキャプテンスタッグは、キャンプ道具ではメジャーなブランドのようですし…。

商品の特性上、擦り傷ができるのはいいとしても、それを防ぐためにアルマイト加工しているという話でしたし、バリを取るとかならまだしも、ヘコミはアルミだから叩いて直せないですしね。

塗装時についた指紋にしても、ガンプラ作ってる小学生でもやらないミスだと思いつつ、これで良品といわれてしまっては、納得するしかないです。こすっても落ちませんが、どこの誰とは分からない中国人(このテーブルは中国製)の指紋を、ここに刻んだまま使い続けるしかないようです。

せっかく購入したので、このロールテーブルはこれ以上傷や汚れがつかないように、丁寧に使っていこうかなと思います。


製造業をしていると、どうしてもエラー品が混じります。それを検品ではじくことで、ブランドとしての信用やイメージというものを保てるのです。

今回の件で私の中では、キャプテンスタッグは、出荷時の検品もやらないし、中古品のような傷や汚れがあっても問題ないとする会社なのだという印象ができてしまいました。

いいか悪かは別として、国内のメジャーなメーカーがこのような対応だと、悪いとは思っていても、中国メーカーのコピー品を選ぶユーザーも多いんだろうなとは思ってしまいます。

私は引き続き、メジャーなメーカーのアイテムやツール(ギアと言うらしいですね)を買うつもりでいますが…。

なんにせよ、10年前にフォークセットをくれたパール金属の今はこうなんだと思い、少し悲しくなったというお話でした。

初キャンプでこのテーブルを広げるのが楽しみです。

公園の片隅の老警備員とクレーム社会

最近趣味と健康作りを兼ねて、一周年を迎えたドラクエウォークを再開。
自宅近隣を、ゲームのポイントやはぐれメタルを追って歩き回っております。

おかげで、これまでは少しの距離も自転車を使っていたのが、「この距離ならドラクエウォークやりながら歩いていこう」という発想になり、再開する前に比べて数倍歩く時間、距離が増えました。

ここ最近では、毎日4000~6000歩程度歩いているでしょうか。1万歩とまではいいませんが、コロナ以前の、商談で都内を歩き回っていた頃の水準には戻ってきました。

さて、本日も朝練ついでに、買い増ししたい資材があって、ちょっと遠くのコーナンまで行きました。

いつもなら自転車で行くくらいの距離なので、歩いていてそこそこ疲れてしまい、小さな公園で一休みしていました。

そこに警備員の格好をした、白髪の男性がやってきました。
近所で道路工事をしていたので、そこで交通整理をやっていた人かもしれません。

小脇に新聞と何かを抱えていたのですが、公園の一番奥に行くと、おもむろにその何かを広げました。どうやら、百円ショップなどに売っている小さなレジャーシートのようでした。

私はベンチに座って休んでいたのですが、他にもベンチはありましたし、わざわざそんな隅っこでレジャーシートに座らなくても…とは思っていたのですが…。

もしかしたら道路工事関係者ということで、公園などで休むと苦情がくるということもあるのかな、と思ってしまいました。

最近、特に公務員や、公務に関わる人に対する世間の目が厳しくなっているようですし、もしかしたら警備会社や工事会社から、公園で休む時はベンチを使うな、などと言われているかもしれません…。あくまで私の推測なんですけど。

そう思うと気の毒だなぁ、と思いつつ、私は公園を発ちました。


今は、どんな些細な事でもクレームを入れる人がいる世の中です。

人間の数だけ価値観があるといいますが、SNSやメールといった非接触コミュニケーションの発達が、価値観の合わない物事への怒りや不快感を直接訴えるのに都合がよいように作用してしまい、些細なことでもクレームを生じさせる原因になっているように思えます。

昔はそれでも、身に覚えのない理不尽な物言いであれば、ごく一部の人の言い掛かりとスルーできましたが、今は上記のようにSNS時代。不用意な炎上を避けるために、過度にクレームを恐れる時代となってしまいました。

その企業や組織側の怯懦が、ますますクレーマーを増やし、その声を大きくしてしまっている原因になっているのではないかとさえ思えます。

結果として、現場の人などが不必要な注意をせざるを得ず、会社や行政も不必要なコストをかけるような時代となってしまいました。

例えば、ショッピングモールやスーパーの「お客様の声」を見ますと、たまにどこのレジの店員が態度が悪かった等々の意見が掲示されています。

見ると「笑顔がなかった」など本当に些細なものが多く、これをわざわざ書面にしてお店に伝える理由はなんだろうと思ってしまいます。クレームを書くにも時間がかかっているでしょうし。

しかし、こういうコストをかけてでも、自分の不快感を表明し、相手に伝えたいと思う衝動が止められない人が、世の中には多くいるということです。そして彼らは、そのクレームを入れることで、相手側にどのような事が起きるのかを全く想像しません。

本当に問題があった場合、例えば工事が伝えられている時間外で行われているとか、商品に瑕疵があった場合、また店員の説明と商品やサービスが違っていた場合などは、事業者側の問題ですからクレームをいれてもいいと思います。
それが事業者側にも改善につながり、メリットになるからです。

しかし単純な不快感や、不機嫌や怒りの仮託でクレームをいれられても、なんら生産的なことはありません。

クレームを入れた人がスッキリしたという事以外に、社会の役にはなにもなっていないんですよね。むしろ対応を迫られた側が、不要なコストを払うハメになったり、警備員のおじさんがレジャーシートの上で休憩するようなハメになるわけです。

非常に、馬鹿馬鹿しい話です。

不要な譲歩は誰のためにもなりません。不機嫌なマイノリティに従っていては、社会も疲弊していきます。

最近では、理不尽なクレームに毅然と対応する例も増えています。
「いわれのないケチははねつけていい」という考えが常識になれば、こんな警備員のおじさんも減るのではないでしょうか。

乃木大将の武勲にあやかりたく、乃木神社で御朱印を頂いてきました。

先日の滝野川八幡神社で御朱印頂いたのに続き、今度は乃木神社で御朱印をいただいてきました。

本来、乃木神社に行くなら、真下にある乃木坂駅を使うのが一番早いのですが、今回は六本木の街にも用事があったので六本木駅で下車。

六本木界隈、10年以上前に楽天で働いていた頃にうろうろしていた場所で、私としてはとても懐かしく馴染みにある土地です。

しかし、店舗の顔ぶれは変わりました。六本木交差点のみのち庵が閉店していた事には驚きました。明治41年創業の老舗も、コロナ禍には勝てなかったようです。ついでにノジマもスギ薬局になっていました。

地価が高い土地柄で商機も高い反面、売上が下がると維持がつらいというのもあるのでしょうね。

六本木交差点のシンボルであり、待ち合わせ場所として有名なアマンドは相変わらず元気そうでした。

六本木時代に通っていたつるとんたんでうどんを食べ、ミッドタウンの前を通って乃木神社に向かいました。


乃木神社の祭神は、言うまでもなく乃木希典大将です。

乃木大将の評価は様々ですが、私個人としては日露戦争を勝利に導いた良将の一人だと思っております。

乃木大将は旅順攻略戦で多くの犠牲者を出したことにより、司馬遼太郎などに「愚将」と言われました。乃木大将も多くの将兵を死なせてしまったことを理由に自刃すると明治天皇に上奏したほどです。

辺境とは言えロシアは先進地域欧州の一角であり、明治維新を迎えたばかりの小国日本にとっては大敵です。国力でもテクノロジーでも優越できない状況での戦いは、我々が想像する以上に苦しいものだと考えます。

乃木大将が無策な突撃を繰り返して戦死者が増大した、という意見についても、欧州での要塞攻略ドクトリンも奇襲強襲が主流だった時代ですし、それ以外の規範を持てなかった、近代戦の経験が少ない日本軍を率いて善戦したと考える方が正しいと私は思います。

確かに第一回目の攻撃では大きな損害を出してしまいましたが、二回目以降は方針の修正を行った結果、ロシア軍の方が大きな被害が出ており、最終的には降伏に追い込んでいます。

確かに司馬遼太郎や乃木大将が言うように、多くの戦死者に対して言い訳ができないとは思いますが、乃木大将もいたずらに将兵を死に追いやったわけではありません。

乃木大将の人柄もあって、損害を被りながらも最後まで日本軍の士気は下がらなかったそうですし、捕虜となったロシアの将士を厚遇するなどして、欧州各国より叙勲されました。

後に学習院の院長を勤め、裕仁親王、後の昭和天皇の教育にも熱心であり、後の天皇になる裕仁親王のために教育環境構築に尽力した話も有名です。裕仁親王も乃木大将を大いに慕っていたといいます。

また乃木大将と言えば、明治天皇に殉じた事でも有名です。

確かに、当時の若い文化人や社会主義者が批判したように、乃木大将の生き様や考え方、教育方針は古くさいものだったかもしれませんが、私にはそれがむしろ魅力的で、武人であるかのように思えます。

そんな乃木大将の武勲や人柄にあやかりたいと思った次第です。

これからの混迷の時代を生き抜く力をご加護をいただければ、と思います。

ノーマリゼーションという綺麗事を使って人を殴らないでほしかった。

去る8月28日。約8年に渡り日本の国政を執り続けた安倍晋三首相が、健康上の理由にて辞意を表明しました。

リーマンショックと東日本大震災、福島第一原発事故によって混迷した社会と低迷した経済を立て直し、先進国・途上国を問わず積極的な外交により、経済力低下により存在感が薄くなった日本の国際的プレゼンスを浮上させた業績は賞賛に値します。

数年単位で入れ替わっていた日本の政権において史上最長の安定政権を運営できたのは、安倍首相の舵取りのうまさ、バランス感覚のたまものかと思います。

格差の解消やIT化の遅れなどの課題も残りましたが、それらは次期政権に託し、まずは十分お休みいただきたいところです。本当に、お疲れ様でした。

さて、この安倍首相の辞任表明に対してねぎらいの声があがる一方、一部の過激な「反安倍派」の方々が物々しい発言をして物議を醸し出しています。

私は安倍首相の手腕は賞賛しますが、当然全ての人がそうではない。歴史認識にせよ憲法問題にせよ、安倍首相とは考えを異にする人たちがいるのは当然ですし、日本は民主主義で独裁主義国家ではないのだから、各人がどのような意見を持つのも自由です。

ですので、安倍首相の辞任に際して喜びの声をあげるのは良いと思います。

しかし、安倍首相の持病である潰瘍性大腸炎を揶揄するような発言も目立つようになると、さすがに品位や道徳性を疑います。

ここではそれらの発言の詳細は触れません。ただその発言の中で使われていた「ノーマリゼーション」という言葉について、ちょっとお話したいと思います。

なお、ノーマリゼーションとは、障害者も健常者と同じく、ハンデを感じることなく生きられる社会を形成、支援を行おうという考え方、もしくはその事業や行為のことです。


私の父は筋ジストロフィーという病気でした。

筋ジストロフィーというのは、全身の筋肉が萎縮し、四肢や体表の筋肉からいずれは心臓等の筋肉まで衰えていくとい恐るべき病気で、現状でも根治する方法が見つかっていない難病です。

よく似た病気に、一時期著名人による氷バケツチャレンジや、先の参議院選で当選した舩後靖彦さんが患っているALSがあります。症状はほとんど外見的に見分けがつかないのですが、筋ジストロフィーには遺伝するという性質があります。

父は30代で発症しました。私が小学生の頃です。

父は見る見る腕や足の筋肉が衰え、体の動きが鈍るようになりました。
医者からは40歳まで生きられないかもしれないと言われていました。

しかし父の筋ジストロフィーは、一般的な筋ジストロフィーと違っていました。突然進行が遅くなったのです。

これにより、即座に死ぬようなことはなくなりました。しかし良いことばかりとは言えませんでした。
むしろ不自由な体を抱えて生き続けなければならなくなったのですから。

特に職場では苦労したようです。病気進行、特に体が動かなくなる恐怖と、思うよう体が動かない苛立ち、そして職場での憂さを晴らすように、お酒に逃げた時もありますし、何度か世をはかなんで自殺しようとしたりもしました。

その時、まだ子供だった私は、家族とはいえなんと無力なんだろうと思っていました。父の苦しみと恐怖は父にしか分かりません。家族でも、同情はできても共感と共有はできないのです。

その後父は、自ら心を強くするために宗教や様々なものを学び、また不自由な体でも会社から必要とされ、家族を養っていけるようにと、パソコンのスキルや、より上級な仕事をするために必要な資格を取りました。

結果から言えば、父は定年前まで勤め上げることができました。
その後は自宅で映画を見たりパソコンでゲームをしたりしながら過ごし、最期は大好きだった「艦これ」をやりながら心原性ショックで死にました。


筋ジストロフィーを発症してからの父の生は、楽なものではなかったはずです。歩くことさえままならない体を引きずって生きたのですから、苦行であったかもしれません。

しかし父は最後まで、自分の足で歩くことにこだわりました。

本来ならすでに限界を超え、車椅子で生活するべき状態でしたが、死ぬ前日まで自分の足で歩き、近所のショッピングモールで飼い猫のおやつを買いにいったそうです。

東京への通勤で使っていた東鷲宮駅は、特殊な成り立ちのため、宇都宮線の中で唯一、上下線が一階、二階のホームに分かれているという構造になっています。

このため、上り線に乗るには二階のホームに行かなければならないのですが、2010年まで東鷲宮駅にはエスカレーターもエレベーターもありませんでした。そのため父は階段で毎朝、杖をつきながら階段を上ってホームへあがっていました。

実家での用事を終え、帰京する際に父と一緒に電車に乗ったことがありましたが、東鷲宮の上りホームまで一度であがれず、二度、三度と階段の途中で休みながら、なんとか階段を登っていました。

東鷲宮駅は、父が定年した翌年、エレベーターとエスカレーターが設置されました。

おかげで父のような体の人であったり、足腰の弱ったお年寄り、ベビーカーを押している人、単に疲れている人、エレベーターに乗りたいだけの子供。
いろいろな人たちが、楽に二階の上りホームにあがることができるようになりました。

自分も40を過ぎたので、エスカレーターの存在は本当にありがたい。
父が東京に通っているころにできてくれれば、と思うこともありますが、それでもこうして、みんな父のような苦労をせずに済むのだから良かったと思います。

これが、本来のノーマリゼーションというものでしょう。

どんな事情の人でも、同じ恩恵を受けられるハンデの影響を受けない。こういう社会を、日本は先進国として目指していたのではないでしょうか。


しかし、とある安倍首相の退任に関して発言されたツイートでは、この「ノーマリゼーション」という言葉が、難病を患っている安倍首相に首相という重責を担わせた責任を、自民党に問う文脈で使われていました。

しかもご自身の「大事な時に体を壊す癖がある危機管理能力のない人物」と首相の病を揶揄した発言への言い訳として使われていたのです。

これは、身近な家族が障害で大変な思いをした身から言わせてもらえば、とても悲しい発言ですし、なにより国政に携わる人間の口からは言ってほしくない言葉でした。


本来ノーマリゼーションとは、父や安倍首相のようなハンデをお持ちの方が、苦労せずに生きられる社会を作るための考え方です。

安倍首相は、確かに日本の総理大臣として、決して弱者ではないかもしれません。

しかし、体のことは別です。まして、現代医学ではどうしようもない病気であるならなおさらです。

病気は、本人の責にあるものばかりではありません。父の筋ジストロフィーも、おそらく先天的なものでした。多くの難病患者は、このように自分のせいではない理由で、普通の人たちと同じように行動ができず、苦しい人生を歩んでいるいます。

それでも父のように、家族のためだったり、自分の夢のために歯を食いしばり、辛い治療に耐えて、多難な運命に挑戦し続ける人たちが、日本にはたくさんいるのです。

そんな人たちを、「ノーマリゼーション」という綺麗事を使って批判や言い逃れするようなマネだけはしてほしくないと、まして国作りを行う国民の代表である国会議員がしてほしくなかったと、難病患者の家族として言わせてほしかった次第です。

©2019 てらどらいぶ